死んでも愛してる


無名の人


あら、失礼
あんまりひさしぶりで、おまけになんだか古い知り合いのような、懐かしい感じがしたから、つい話しかけちゃったわ
ごめんなさいね
すごい悲鳴だったわね
十何年ぶりかしら
あなた、新人ね
最近は新人に対する申し送りも途絶えちゃったのかしら
そうよ
ここはワタシたち死ねない者の監獄
それもあの惨劇の責任者として、永遠にさらし者になって罪を償えと
皮をはがれ、神経を切られ、
生きた人体標本になった私たちが
「展示会」に出されるほかは永久にここに格納されていなければならない牢獄
見てよ
生きてたときは結構美人だったのに、歯も表情筋もむき出しで
髪も半分刈られて
無様なもんだわ
ワタシはまだましね
ワタシの隣の男なんて、アレ、「断面図」にされてるんだから
輪切りよ、輪切り
切った先はどこかって?
くだらないこと気にするわね
アンタ馬鹿ァ?
こんな美人を前にして
もっと他に聞くことがあるでしょうが
ワタシの名前?
そう、そういう質問よ
じゃ、ちょっと昔話をしてあげましょうかね

名前は伏せるわよ
言ったら話の筋が全部分かるから
筋が分かっている話なんて聞いても面白くないでしょ

ふふん
あの時はワタシ、14歳だったのよ
人間が一番きれいな年代のホンの初め
そこでこうなったのが惜しいくらい
それ以上歳を取らなくなったのはいいけど、美貌って皮一枚なのよね
こうなるとよく分かるわ
ほら、日本の川柳とやらにもあるでしょ
骸骨が うわべ粧うて 花見かな

日本のことを知ってるのかって?
ワタシは、日本人とドイツ人とアメリカ人のクォーター
ママが日独混血だったのよ
父がアメリカ人で、だからワタシの国籍はアメリカだけどね
まだドイツは存在するのかしら
ワタシはそこで訓練を受けて育ったのよ
そう、訓練
これでも元軍属
14歳でできた軍務があるのか?
特殊任務だからね・・・・・・
これでも何百人もの候補から選ばれたのよ
今から考えたらそれが幸運だったかどうか分からないけど

知ってるでしょ? サードインパクト
「人類の補完」というおぞましい響きの言葉
歴史の時間に聞いたことあるはずよ
習わなかった?
不真面目な子ねえ
それともなかったことにして、ワタシたちごと記憶を殺すつもりかしら
こんな姿になっても過去はずっとそこにあるのに・・・・・・

じゃ、簡単に済ますけど
大昔に人類を滅ぼそうとした秘密結社があるわけね
正確には殺そうとしたんじゃなくて
人間とは別の姿にして永遠に生きようとしたんだけど
それに失敗したのよ
人類はお互いに分かり合えず、争いあうだけだから
人間全員溶かし合わせて、1つの生き物になればいいっていう
壮大な実験
そうなれば地球が続く限り「ヒト」も
相争うことなく生きられるようになったはずなんだけど
結局失敗
溶け合ったはずのヒトたちが
争うこともあるけれど
いつか分かり合えるんじゃないかという希望に賭けて
もう一度人間に戻ることに決めたから

一日人類がすべて消えると
社会ってああなるのね
人間が24時間メンテナンスしないといけない機構がみんなやられて
それが地球全体で起きたものだから大変
社会を元の軌道にのせるのに何年もかかったわ

そしてその間にも進められたのは責任者たちへの糾弾
分かり合えるって希望はなんだったのかしらね
そりゃあもう、サードインパクトを起こした組織に少しでもつながりがあった人たちは徹底的に取り調べられていたわ
ワタシみたいな14歳の子どもでもね
そして下された判決はよくて終身刑
それ以上は死刑しかないわ
それも血祭りとしかいいようがない仕方でやられて
しまいに執行に関わる人たちの精神衛生上問題があるからってことで
絞首刑になったの

思い出すわ、処刑前夜
ワタシも死刑判決受けたのよ、パイロットだしね
正規のパイロットもテストパイロットもパイロット候補もお構いなし
パイロットはある種の素質が必要とされたから
遺伝子改良された亜人間か何かだって疑いが消えなかったのよ
実際、そういう娘も1人いたしね

牢獄の隣のベッドも14歳のワタシの同僚
・・・・・・詳しくは言わないけどね、本人じゃないから
こっちは日本人よ
ワタシがほとんど初めて会った日本の男の子の1人
それ以外に大人の日本の男性には1人あっていたけど同い年は初めて
ガキに見えたわねえ
子どもの日本人を見たことがないってだけじゃなくて
ワタシ、それまで大人にかこまれて生きてきてたのよね
大学も13の時に卒業したし
エリート教育受けてたのよ
だから周りは大人ばっかり
今から考えたらワタシも十分「ガキ」だったんだけどね

え? 異性と同じ牢だったのかって?
秩序回復前で余裕もなかったし、閉じ込めてさえおけば中でどうなろうと知ったことかって感じだったからねえ

どういう付き合いをしたかはさておいて
いい思い出や醜い思い出も明日には消えるって真夜中だったわ
「もう寝た?」ってあいつが聞くのよ、間に引いたカーテン越しに
「起きてるわよ」って答えたら
「眠れないんだ」ですって
ワタシだってそうだったわよ、明日ぶらんこ往生しますって時に
ぐーすかぐーすか寝られるもんですか
そう言ったら「そうだね」って
それきり何にも言わないの
こっちもだんだんイライラしてきちゃってね
もっと他に言えることあったかもしれないけど
ワタシたちの付き合いってこうだったのよ
明日死ぬって時に何無駄な時間過ごしてんのよ、アンタ馬鹿ァ!?
明日死ぬってのにワタシも呑気だったわ
そんないつもどおりの調子で怒鳴りつけて
そしたら、いつもだったら、作り笑いともとれるような
曖昧な態度になって「ごめん」と言っておしまいにしようとするあの男がワタシの名前を呼んでね
「言いたいこと・・・・・・あるんだ・・・・・・聞いてほしい・・・・・・」って






なんで続きを言わないか?
ふふーん
やっぱりさ
自慢だけど恥ずかしいのよ
のろけ話だしね
それもただの状況じゃなくて明日は死ぬって時よ
ちょっとないシチュエーションだと思わない?
宝物だから大事にしまっておきたいけど
ワタシが最後になんて言ったかは教えてあげるわ
「明日、一緒に死ぬんだから、その後もずっと一緒にいましょう」
いいセリフでしょ

死ねなかったのよねえ
ワタシもアイツも
なんど首を吊らせても駄目
首の骨なんか折れているのに息の根が止まらないし
おまけに直ぐに折れたところが再生しちゃうのよ
そのまま検査にまわされたら
ATフィールドが異常なくらい活性化してて
細胞が純粋なホモ・サピエンスのものじゃなくなっていて
ワタシたちと人類の遺伝子の固有波形パターンの一致が99.89パーセント
0.11パーセントのずれがあるってことが分かったのよ
その瞬間ワタシたちは使徒認定
そして特別収容所にまわされたわ
そうなってから初めて知ったんだけど
死ねない体になってた人って割にいたのよ
ワタシの組織やらその上位組織やらもっと上の秘密結社やらに
「人類の補完」を中心になって推し進めていた爺さんたちも
計画とは違ったけど望みどおり永遠を手に入れていたわ
ただ平和は手に入らなかったけどね

最後の審判が下ったのは
閉じ込められて9ヶ月ほど経った後だったわ
死なないって分かってたから水も食料もなしで放置されてたのよ
誰も見回りに来ないしね
拷問されたりしたわけじゃないけど、
何もされない不安から逆に神経をおかしくする人達もいたし
空腹や渇きの苦痛はもちろん、疲労感や虚脱感もなかったけど
そのこと自体、自分たちが人間じゃなくなったって証拠
しまいには誰かをバラバラにして食べるって遊戯がはやりだしたわ
退屈しのぎにね
バラバラにされるほうは、そういう痛みはあるから泣き叫ぶけどね
余裕があるのよ
元に戻るって事も分かってるし
慣れてくると痛みはあってもやり過ごすことができるようになるから
「おい、俺の味はどうだい」なんて
ワタシもアイツも食べられそうになったけど
子どもはさすがにかわいそうだってことになって
そのうちルールができあがっていったわ
「子どもには手を出さない」
「特定のパートナーがいる場合はその関係を尊重する」
だから、ワタシたちのほうもその「試食会」には参加したことはないわ
せいぜい、お互いに血を吸いあったことがあるくらい
そういうルールが出来上がったら、パートナー以外とそういうことになるのは興味はなくても
やっぱり気になるじゃない?
でも、結局そこどまりね
「子どもじゃないか」って言われたら、ああワタシたち「子どもでいていいんだ」って思えて
ワタシ、自分が子どもなのはいや、小さい時にママが首を吊って死んだ時に、もう子どもは止めたから泣かないの
そう思って、自分は子どもじゃないって、突っ張って生きてきたから
「子どもでいていい」、そう思えなかったら、他の連中に自分たちがパートナーであることをアピールするためにむしろ積極的にむさぼりあっていたかもね
 まあその必要もなく、パートナーだってみんな知るようになったんだけどさ


ママ・・・・・・


ごめんなさいね 涙腺もまだ生きているもんだから
表情筋の上を直接涙が伝っていっちゃって
歯にしみるわ
そう言えば、ワタシは何度も死刑台で吊るされたけど
ママはあの一回で死んじゃったんだなあって

で、判決だったわね
9ヶ月ぶりにワタシたちがあった外部の人間は、サードインパクト後の国連司法当局の官僚で、服なんかボロボロで裸同然になっている皆の姿を見ても驚かなかったわ
閉じ込められて放置された人間がどうなるか知ってるみたい
むしろワタシとアイツの姿を見たときのほうが驚いたみたいね
だけど彼はワタシたちに告げたわ
死刑は取り消さない
だけど死なないのだから、社会にとって死んだのと同じ状態になってもらいます
そう言われて連れてこられたのがここ

まあ、詳細は語らないけどね
ワタシの側の事情と言うより、アンタ、今日も晩御飯をおいしく食べたいでしょう?
みんなここで生きながら人体標本にされてね
再生するだろうってタカをくくってた人もいたけど駄目だったわ
痛みをやり過ごすこつを十分身に着けてて、皮をはがれても平気だったおじさんが
再生しないことに気づいた時のあの悲鳴、あの表情
今でも時々夢に見る
ワタシたちの活性化したATフィールドを利用して再生を止める技術を開発してたということらしいわ
ATフィールドはヒトの形を固定するものだから、元の姿で固定して解剖されても戻る状態だったのを、解剖された姿で固定させてしまえばいい、誰かがそう考えたのね、きっと

アイツが解剖台に乗せられた時は止めようとしたわ
でも駄目だった
解剖に当たった技官がワタシのおなかを見ながら「人類の敵の癖に生意気な」ってアイツのアレを切り落とした時に気絶しちゃったから、そこから先は覚えていない

ワタシの解剖はそれから10日後だった
恥ずかしいから言わなかったけどね、ワタシ、妊娠してたのよ
ウソはついてないわよ
言わなかっただけ
判決持ってきた官僚が驚いてたってのもワタシのお腹見て驚いてたのよ
特別収容所では血を吸うだけだったから
あの死刑前夜ね
お腹の子どもには罪はないからって
解剖は出産まで延期
その代わり生まれた後は、抱っこもさせてもらえないまま解剖室に運ばれたわ
後産も待たずに
赤ちゃんが出て行ったお腹をもう一度膨らませて妊婦の標本に仕立て上げたのよ
ほらここ
お腹も開けられるようになってるの
胎児の模型も入れられるようになってるのよ

自分たちが今どんな姿か、目に焼き付けるようにと、全員一列に大鏡の前に陳列されて一晩放置
そして次の日から展示会で世界中3年かけて巡回したわ
タイトルは「現代の公開処刑、人類の敵展示会」

あら、真っ青になっちゃって、結局今日はご飯食べられそうにない?
残念ね それケーキでしょ、その箱
食事なんて最初の死刑の直前に食べたきりだから食欲の感覚も忘れちゃったわ
でも、あなたにとっては楽しみだったはずよね
ごめんなさいね
え? それ、ワタシのために持ってきた?
どういうこと?
今日、ワタシの誕生日だ?
12月4日がそうだろうって、そりゃそうだけど、今日、12月4日なの?
じゃ、ワタシの誕生日だけど、なんでまた?
おばあちゃん、って・・・・・・
アンタ、ワタシの孫!?
あの死刑前の夜にできたあの子の!?

ああ〜
え〜と
ワタシは・・・
あ〜
その・・・・・・
ごめん

ワタシ、あなたのお父さんとお母さん、どっちがワタシの子どもなのかも分からないの
すぐに引き離されて
初乳もあげられなかったし、男か女かも教えてくれなかった
ずっと、気にはなってた
そうなの
生きていて、そして、あなたという子どものいる家庭まで築いていたんだ

あり、がとう
最高のプレゼントだわ

そう・・・・・・あなた、今、国連に勤めているの
それでここの情報を古い書類で見つけたのね
そこで、面会を申し込んだって、よく認められたわね

ワタシたちが出られるように運動するつもりだ?
よしなさい
ワタシたちは人類の敵なのよ
ここにあなたが来たことはそれだけであなたに対して疑惑を持たせる材料になりかねないわ
だからやめなさい
あなたが外で生きていてくれればそれで十分

じゃ、せっかくだからケーキいただくわ
ああ、口のほうじゃないわ
食道は切開してあるのよ
だからお腹を開けて
そう
胃が見えているはずだから
その噴門の下あたりも開くようになってて・・・・・・
違うわよ
それは子宮
今胎児の模型は入ってないけどね
何か下からちょこんと出てるのが見えるって?
ああ・・・・・・
それは隣の男のアレよ
解剖した人たちの中にちょっとだけ同情してくれた人がいてね
せめてこの部分は一緒にって差し込んでくれたのよ
落ちないようにと思ったのか
ひっかかるところがひっかかるところまで差し込まれているんだけど

もう分かるわよね
あなたのおじいちゃんよ
照れちゃってさっきからずっと口利いてないけど
ほら、アンタも何か言ったら?
めったに来ない孫が来てるって分かったんだから
死んだ振りなんてもう止めて
え? 自分たちの子孫に生まれたということで苦労しているはずだから、祖父と名乗って面会を受けるなんて、そんな面の皮の厚い真似はできないって?
何言ってんのよ、面の皮なんてとっくの昔になくしてるくせに

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