寿限エヴァ


無名の人さん




 真夏の太陽が照りつける駅前で、少年は目を覚ました。

 (戻ってきたぞ。次は逃げない。誰も死なせない!)

 「綾波、ありがとう!」

 そう一声空に向かって言い放ち、少年は駆け出す。

 (こっちに行けば、ミサトさんに会えるはずだ・・・ほら、来た!)

 遙か前方に微かに影が見えたかと思うと、瞬く間に大きくなって、目の前でターンしながら急停車する、青いアルピーヌ・ルノー。
 ドアがスライドすると、中から女性が身を乗り出した。

 (ミサトさん・・・)

 少年は涙を流しそうになり、必死でこらえる。

 (今度は死なせないから・・・加持さんだって消えたりさせないから・・・ただいま)

 その時、その女性、葛城ミサトの唇が開いた。

 「碇寿限無寿限無五劫のすり切れ海砂利水魚の水行末雲行末風来末食う寝る処に住む処やぶら柑子ぶら柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命のシンジ君ね!? 乗って!!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はひ?」

 冷や汗をながす少年は硬直した。それを単に鈍いだけと思い、苛立つミサト。

 「だから、あなたは、碇ジュゲムジュゲム、ゴコウノスリキレ、カイジャリスイギョノスイギョウマツ、ウンギョウマツ、フウライマツ、クウネルトコロニスムトコロ、ヤブラコウジブラコウジ、パイポパイポパイポノシューリンガン、シューリンガンノグーリンダイ、グーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノ、チョウキュウメイノ、シンジくんでしょ!? ああっ!? そんなこと言ってる間に、『使徒』がすぐそばまで!! いいから乗りなさい!!」

 間一髪、ミサトは少年を車に引っ張り込み、急発進させた。



 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君、私たちの組織から手紙が来たでしょ。今、持ってる?」

 「え? はい」

 少年はバッグから封筒を取り出した。その封筒の表が細かい字で真っ黒になっているのが、目に止まる。

 (碇ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ様・・・か・・・本当に僕の名前なんだ)

 「その中にジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジくん用の仮IDカードが入ってるから、無くさないようにね・・・って、着いたわ」

 (早っ)

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君の名前を呼んでると、時間がアッという間に経っちゃうわねー・・・って、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君、どこ行ったの?」

 「こっちですよ、ミサトさん。時間がないんでしょう? 早く行きましょう」

 (綾波・・・どうして僕の名前をこんな風に変えたんだよ・・・)
 


 案の定、このミサトも自分の職場で道に迷ってしまった。

 「まだですか、ミサトさん?」

 「大丈夫よ。いいから、着いてきなさい。ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツ・・・」

 「時間の無駄だから、僕の名前は極力呼ばない方がいいですよ」

 「ウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノ・・・」

 ミサトの背後で空気音が聞こえた。

 「何をしているの、葛城一尉? 時間も人手も足りないのよ」

 「グーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君・・・って、リツコ? ちょうど良かった。この子が司令のご子息よ」

 「あら、じゃ、例の子ね」

 リツコは少年に視線を合わせた。少年もその視線に目で応じる。

 (リツコさん・・・父さんに利用され、棄てられたかわいそうな人・・・母さんを取り戻すつもりだから、父さんと一緒にはさせてあげられないけど、父さんよりいい相手がきっと見つかるから・・・二度とリツコさんが父さんに殺されるような未来にしないから)

 「赤木リツコよ。よろしく、碇ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君」

 (呼ばれている間に雰囲気が切れるな・・・)



 (注)本作は、シンジの新しい名前と同じく無駄に長いということを、あらかじめ、お詫びかたがたお断りしておきます。



 ようやく初号機の前に立つことが出来た。時間には間に合ったようだが、その間にリツコ、ミサト、少年の間で交わされた会話の情報量は、「一度目」に比べ、著しく減少していた。

 とにかく少年は頭を切り換え、初号機を目の当たりにして立ちすくんで見せた。

 「これが父の仕事ですか?」

 「そうだ!」

 (来た!)

 出来るだけ驚いた表情を作りながら、少年は振り返った。

 「久しぶりだな、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ」

 その時、ケージが振動で揺れた。

 「ち、ヤツめ、ここに気づいたか」

 (え? セリフをまだ全部消化してないのに!?)

 「冬月! レイを起こせ!」

 「と、父さん、いくら時間がないからって端折りすぎだよ !」

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君! 女の子に戦いを押しつけて、自分は逃げるの!?」

 「ミサトさん、そんなこと言ってる間に、天井が一部落ちてきて、エヴァが勝手に動いてるんですけど・・・」

 「え? は! い、いけるわ」


 
 「やっとこさ、乗り込むところまで漕ぎ着けたか・・・」

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君、まずは歩くことだけ考えて」

 「パターン青、消滅」

 「え?」

 「一つ目のシューリンガンあたりで、初号機が暴走。ポンポコナーで、使徒が自爆しました」

 「・・・・・・・・パイロットを回収して」


 
 それからというもの・・・・



 第3使徒戦後、ミサトとの同居が始まった夜には、

 「2度目でも、やっぱりミサトさんはだらしないんだな・・・だけど、この天井・・・もう知らない天井じゃない・・・ここでもう一度やり直すんだ・・・」

 その時、ふすまが静かに横に滑った。ミサトが立っている。廊下の照明で逆光になっていて、表情は伺えない。

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君、起きてる?」

 少年からの答えはない。

 「一つ言い忘れていたわ・・・ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君、あなたは人に褒められる立派なことをしたの。だから自信を持ちな・・・」

 Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi Pi

 布団の中から少年の手が伸び、目覚まし時計のアラームを止めた。

 「あ、お早うございます。ミサトさん」

 「・・・もう、朝なの?」

 「・・・まさか、一晩中そこに立ってたんですか?」

 「そうみたい・・・」



 第5使徒戦前には
 「はい、本チャンのIDカード」

 「ありがとうございます。・・・なんでこんなに横に長いんですか?」

 「正式な身分証はフルネームが入るからね・・・」

 そこには、Jugemu Jugemu Gokounosurikire Kaijarisuigyono Suigyomatsu Ungyoumatsu Furaimatsu Kunerutokoronisumutokoro Yaburakojiburakoji Paipopaipopaipono Shuringan Shuringanno Gurindai Gurindaino Ponpokopino Ponpokonano Chokyumeino Shinji Ikariと印字されていた。



 やがてドイツからアスカが来日し、そして同居しだしてからも

 「このバカジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ! シャワーを使った後は、アタシのために温めに戻しとくよう、言ったでしょ!!」

 「アスカ、文句は後で聞くから急いで! 早くしないと遅刻しちゃうよ!」

 「あーんもう、なんでアンタの名前はこんなに長いのよ〜」



 学校に行っても、休み時間などは

 「ちょっと、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ!」

 きーん、こーん、かーん、こーん。

 「あ、次の授業が始まるから、後でね」



 昼休みに入っても

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ! お弁当!」

 「はい、これ」

 「ふん。・・・このバカジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ! 何よこれ!? ウインナーはタコさんにしてって、言ったでしょう!?」

 きーん、こーん、かーん、こーん。

 「アスカ、碇君に文句言ってるから、お弁当箱の蓋取っただけで昼休みが終わっちゃったわよ」

 「むきー!!」

 (そうか、そういうことか、綾波・・・ありがとー!!)



 その頃、密かにシンジと一緒に逆行していた綾波レイは、ほくそ笑んでいた。
 「これで弐号機パイロットは、碇君とまともに会話が出来ない。私の方が断然有利・・・」


 実際の話、

 「碇君・・・」

 「どうしたの、綾波?」

 「ちょっと、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリン・・・」

 「アスカ、名前呼んでる間に碇君、綾波さんに引っ張られて行っちゃったわよ」

 「ダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジのバカーッ!!」


 
 第7使徒戦で弐号機がマグマにダイブする時も

 「ねえ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ! 見て見て! バックスクロールエント・・・って、もうマグマの中じゃないのよっ!!」

 「弐号機パイロットに、碇君への見せ場は与えないわ・・・」



 そして、ゲンドウとの対話も変化していた。例えば第10使徒戦後、

 「初号機パイロットはいるか?」

 南極からネルフ本部と通信しているゲンドウは、彼にしては珍しく、息子を呼びだした。

 『はい』

 通信機ごしに息子の返事が返ってくる。

 「葛城三佐から報告は受けた。よくやったな、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ」

 『あのーすみません。こちら青葉ですが、初号機パイロットは他のパイロット両名及び葛城三佐と一緒に、途中で食事に出ていきました』

 「・・・・・・・・・冬月・・・」

 「何も言うな、碇。長い名前を付けたお前が悪い」


 「女の子ならレイ、男の子ならジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジにしよう」


 今から振り返ると、あの時の自分はどうかしていたとしか思えず、盛大に後悔するゲンドウであった。


 
 「弐号機パイロットと碇司令からの引き離しは完璧・・・碇君とまともにコミュニケーションをとれるネルフメンバーは私だけ・・・くすくすくす」

 レイはチャーシュー抜きのにんにくラーメンをすすりながら、企みの成功を心の中で祝った。



 だが、第十二使徒戦の直前辺りから、辺りから、事態はレイの思惑と違った展開を見せ始める。



 少年が母親の墓前に立った日の夜、少年とアスカの「保護者」の帰りは遅かった。ミサトが帰らない理由に少女は苛立ち、加持への面当てに、少年と唇を交わすことを思い立つ。

 「ねえ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ」

 少年の名前を呼ぶ声がだんだんトーンダウンし、尻つぼみになって終わった。

 「なに?」

 「・・・なんでもないわ」


 (暇つぶしにキスでもしようと思ったけど、勢いが殺されちゃったわ)



 ついに、少年のシンクロ率が、アスカのシンクロ率を抜いた直後も

 「やられちゃったわね〜。でも、それを全然鼻にかけないんだから、奥ゆかしいわよね〜。普段から気弱そうにしてて、目立たないのに、シンクロ率はトップ、使徒を倒したスコアもトップ」

 内心の怒りを押し隠して、着替えながらアスカはレイにしゃべり続ける。そうでもしていないと、感情を爆発させてしまいそうだから。

 「ああん、無敵のジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ様〜」

 アスカが少年の名前を呼んでいる途中でレイは出ていったが、アスカはロッカーを殴ったりしなかった。

 「・・・名前が長すぎるわよ。言っている内に冷めちゃった・・・」



 そして第十二使徒戦で、少年は前回どおり第十二使徒に呑み込まれ、リツコの言う「ディラックの海」で、自分の心の中のレイ、ミサト、アスカと出逢うが、

 「碇くん、私と一つになりましょう。それはとてもとても気持ちのいいことなのよ」

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジくん、私と一つになりましょう。それはとてもとても気持ちのいいことなのよ」

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ、私と一つにならない? それはとてもとても気持ちのいいことなのよ」

 レイの裸を見ている時間よりも、ミサト、アスカの裸を見ている時間の方が、圧倒的に長くなり、少年の心に二人の裸身が、レイの裸身よりも、以前偶然見てしまった時の記憶など問題にならないほど、深く深く刻み込まれた。


 初号機が第十二使徒の「影」を内側から引き裂いて戻ってきた後、少年を最初に抱きしめたのはミサトだったが、少年の目が最初に探したのはアスカだった。

 相手がいる年上の女より、一応フリーの同年代を選んだということであろう。



 その後、戦いはどんどん過酷になっていく。



 だが、少年とアスカの間には、前回とは違う心の繋がりが生まれていた。


 
 「アスカ・・・キスしていい?」

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ・・・いいわよ」

 「ホントに?」

 「くどいわよ。あんたの長〜い名前を呼ぶ間中、真剣に考えて、それでも、アンタならいいって結論が出たんだから」

 「アスカ・・・」

 そして、二人の横顔のシルエットがつながった。



 「あ〜っ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンちゃ〜ん、なんでそこで止めちゃうのよ〜」

 「まったくだな。男なら、最後まで責任もってリードすべきだ」

 「あれでいいのよ。それに、ミサト、おどけて見せても無駄よ。内心、ホッとしてるくせに・・・」

 ネルフ本部で、ミサトのマンションを盗聴している大人3人は、画面の中の少年とアスカが、小鳥のキス程度で離れてしまったことに思い思いの感想を漏らした。

 「・・・ばれてた?」

 「だらしないようでも、最近結構ちゃんと親代わりしてたみたいだったからね。一線を越えそうになったら、訓練とかなんとか言って呼び出すつもりだったんでしょう?」

 「リツコに隠し事は無駄ね。あ〜あ・・・ちょっと待って、リツコ。なんで私にだけ言って、加持には言わなかったの?」

 「だって、加持君のは本心なんですもの」

 「加持〜!」

 「あなたたち2人とも根っこのところでは倫理に厳しいってタイプだったら、学生時代のあの同棲生活はなかったでしょうね」

 「・・・・・・・・・」

 「まあ、そういうなよ、リッちゃん。あの時俺たちは大学生だったし、大人だったかどうかは今でも自信が持てないが、少なくとも今のアスカ達よりは年は上だった」

 「別にあの時のことを責めてるわけじゃないわ。あなたたちのは性欲だけの関係じゃなかったしね」

 「うぐ〜、露骨な表現ね〜。これだから科学者ってのは・・・」

 画像のアスカが少年に問いかける。

 『ねえ、これでいいの? 男の子って、最後までしたくなるんじゃないの?』

 ひょっとしたら、少年は、自分が少年を想っているほど、自分のことを想っていないのではないか、優秀ではあるが、同年代の子供と過ごした時間が圧倒的に不足しているこの少女は、不安げな表情と声で、むき出しの質問を投げかけている。

 『いいんだ・・・アスカのこと、この世で一番好きだから、自分の思いを押しつけるんじゃなくて、本当にアスカを大事にしたい』

 「「「合格」」」
 「「ね」」
 「だな」



 「ちょっと急用を思い出したわ」
 
 そう言って、リツコは部屋を後にした。向かう先は、総司令執務室。
 用事は済ませられるものから、順に済ませる。用意が必要ないものなら、思いついた瞬間に処理する。それが結局は一番効率がいい。少なくともリツコはそう信じ、実行してきた。

 「技術部の赤木です」

 「予定はなかったはずだ・・・だが、入りたまえ」

 「失礼します」

 即座に実行可能なことは、思いついた瞬間実行に移すのが最も効率的。そんなリツコの信念にも関わらず、この時のゲンドウとリツコの会見は予定外のものにしては異例の長さで、ゲンドウとリツコの仕事、ひいてはネルフ全体のスケジュールに多大な影響を与えた。




 第十三使徒戦を前に、少年はアスカに、自分が未来から、地獄と化した未来から戻ってきたことを告げた。

 そして、次の戦いではトウジが閉じこめられたエヴァと戦わなければならないことを明かし、トウジを救うために協力してほしいと頼んだ。

 この様子を察知したレイもまた、自分も逆行してきたことを少年とアスカに明かした。

 (弐号機パイロットだけ、碇君と秘密を共有することは許さないわ・・・)

 レイの思惑はともあれ、ここに子どもたちは、未来を変えるために団結した。

 少年は、レイも逆行してきたことを知り、なぜ自分の名前を長くしたのか聞きたくなったが、聞くとこの団結が壊れそうな気がしたので、黙っていた。



 そして、第十三使徒戦

 「目標は本部に向かって進行中だ。エヴァを3カ所にわけて配置」

 「ちょっと待ってよ、父さん! 全員でかかった方がいい!」

 作戦を立てる理論は身につけていないが、実際に死闘を演じてきたのは少年達である。事実上戦力の逐次投入となるこの布陣がいかに愚かしいかを、肌で感じていた。

 「待て、エヴァを勝手に動かすな、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ!!」

 ゲンドウが制止命令を言い切る前に、初号機が参号機を押さえ、零号機がエントリープラグを引き抜き、弐号機が参号機を引き裂いて、それにとりついた使徒のコアを叩きつぶしていた。

 「パターン青消滅・・・」



 三機の帰投後、少年だけは保安部員に拘束され、司令執務室に連行された。

 「命令無視、初号機の私的占有、他機の煽動・・・これらはすべて犯罪行為だ。何か言いたいことはあるか、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ」

 そこにゲンドウの秘書が入ってきた。

 「尋問中、申し訳ございません。ですが、次の予定がもうギリギリですので・・・」

 「む・・・営倉10日間」

 尋問を十分行えなかったため、また事柄の重大さに比べ、少年に課せられた罰は、相当軽くて済むことになった。お互いの溝を深めることにならずにすみ、正直言ってゲンドウの方がホッとしたくらいである。

 
 
 だが、その間に次の使徒が来た。

 「いい、ファースト・・・ううん、レイ! アイツがいない穴は、アタシたちが埋めるのよ!」

 「ええ」

 「足手まといになるんじゃないわよ!」

 「それはこっちのセリフよ・・・アスカ」

 アスカは最初呆気にとられ、そしてエヴァの中で嬉しそうに顔をほころばせる。

 「その言葉、忘れるんじゃないわよ! ドジ踏んだら笑ってやるから、必ず生きて帰って言い返すのよ!!」

 「命令ならそうするわ」

 そう言うレイの表情は、以前と違い、ほんの微かだが楽しげだった。



 弐号機と零号機が第十四使徒を迎え撃っているその時、本部地下では大人達の戦いが続いていた。
 
 「ダミープラグ、拒絶されました!」
 
 「・・・まだ、実戦は無理なのか?」

 「いえ、ユイが息子以外を拒絶していると言うことです、冬月先生・・・」

 「息子以外・・・お前、ユイ君に拒絶されるようなことをしたのか!? こんな時に!?」

 「止むを得ませんでした」

 「ええい、それなら早く彼を釈放しろ!」

 「・・・独断専行を認めるわけにはいきません。組織が成り立たなくなる」

 「本心を隠すな! 息子の命取りになりかねないからだろう! 親ばかが!」

 その時、

 「父さん!! 僕をエヴァに乗せて下さい!」

 ゲンドウと冬月が振り返り、見下ろすと、遙か下方に、肩で息をしている少年がいた。

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君! どうやってここへ・・・」
 
 質問しかけて、冬月は言葉を呑み込んだ。営倉を脱獄してここまで来るのは、少年の身には大きな困難だったのだろう。服は埃まみれで鉤裂きだらけ、全身擦り傷だらけだった。

 「・・・ちょうどよかった。早くエヴァに」

 「待て」

 ゲンドウが冬月を制して、押しのけ、少年を見下ろした。

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ・・・」

 拘留室に戻れ、と言っても従うまい。なら、父親としてできることはただ一つ。ゲンドウは息をついて、口を開いた。

 「お前はなぜここにいる」

 「僕はエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジです!!」

 そんなこと言ってる間に、第十四使徒は発令所に顔を出していた。

 「「「「司令〜! なんで、息子さんにそんなに長い名前を〜!」」」」

 ミサト以下、発令所スタッフの絶叫がこだました。



 ギリギリで間に合ったものの、結局、前回と同じ修羅場を経験する少年と初号機。分かっているのに避けられなかった危機。活動限界と暴走。そして、シンクロ率400パーセント・・・少年の肉体はエヴァに溶けこんだ・・・


 「碇君・・・」

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノ、バカシンジ。使徒を倒したのに、アンタがいなくなってどうすんのよ・・・早く帰ってらっしゃい・・・」

 

 「頼む、ユイ・・・あいつまで連れて行かないでくれ・・・」

 

 その傍らに立つリツコは、白衣の左ポケットに入れた指輪をまさぐっていた。


 (ユイさん・・・あなたには負けないわ・・・義理でも私の息子・・・返してもらうわよ)



 ネルフ一丸となっての少年サルベージは一旦失敗したかに見えたが、最後の最後で・・・

 「成功です!!」

 目に嬉し涙を浮かべて振り返る自分の助手に、リツコはかなり疲れた、しかしホッとした様子で答えた。

 「私の力だけじゃないわ・・・あれはおそらく・・・」

 その視線の先には、裸の少年を抱きしめ「おかえりなさい」と繰り返しながら泣きじゃくるミサトとアスカ、少し離れたところに立っているレイと、もっと離れたところに立っているゲンドウの姿があった。

 

 第十五使徒戦では

 「初号機は凍結中だ。弐号機と零号機で殲滅する」

 「待って、父さん! ドグマに槍があるんだろう!」

 「!? ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ!! それをどこで・・・」

 「パターン青消滅」

 「何!?」

 (ごめん、父さん・・・レイが槍を取って地上に出るまで、時間稼ぎさせてもらったんだ)

 「槍はどうなった」

 冬月がマコトに問う。

 「月軌道に到達します」

 「回収は不可能に近いな」

 「ええ。あれだけの質料のものを地球に運ぶ技術は、今のところ存在しません」

 「・・・初号機パイロット・・・」

 ゲンドウが久しぶりに少年を役職で呼んだ。かつて見せたことのない負のオーラを背負っている。

 「指揮の妨害は重罪だぞ・・・おまけに代わりのない武器を喪失した・・・初号機パイロット、ならびにその煽動に従った零号機パイロットをそれぞれ拘留室に連行しろ。期限は釈放許可が出るまでだ」


 
 そしてアスカ以外動けるパイロットのいなくなった状況でも、そいつはやって来た。

 「使徒を肉眼で確認、か・・・」

 加持が消息を絶って以来、使徒戦以外では抜け殻同然の日々を送っていたミサトは、本部に車を走らせつつ、空に浮かぶプラスミドのような使徒を見上げて呟いた。



 「何をしていたの?」

 悲しむのはいい。だが、感傷に溺れ、前に進むことを忘れてほしくない。そんな思いにかられ、リツコは発令所に駆け込んできたミサトに、熱のこもった叱声を飛ばした。だが、既に鉄仮面をかぶってしまったミサトは、リツコの言葉と視線と思いをはねつける。

 「言い訳はしないわ。状況は?」

 「アスカが弐号機で出撃したわ。他にパイロットもいないしね」

 「!? 釈放されてないの!?」

 「ええ。碇司令の指示よ・・・」

 そう言うとリツコはミサトから目をそらし、スクリーンを見上げた。

 「目標のパターンは、オレンジとブルーの間で変化しています」

 (どっからどう見たって、使徒じゃないのよ)

 日向の報告に苛立つミサト。だが、その苛立ちに答えたかのように、情勢は急変した。

 「パターン青! 来ます!!」

 「アスカ、よけて!!」

 ミサトの命令と全く同時に弐号機は、リングから光る鞭と化した使徒の一撃を、跳びすさってかわした。だが、使徒はただ弐号機を自動追尾しているのではなかった。
 気がついたときには、光る鞭のもう一方の端が、弐号機の背中を貫いていた。



 「アンタ誰よ?」

 ふと気がつくと、アスカは電車に乗っていた。向かいの席には、どこかで見たことのある赤毛の少女が掛けている。
 
 「アタシはアンタよ」

 ああ、そうだ。この顔は確か、鏡の中で見たんだった。そのもう1人のアスカが語りかけてくる。

 「さびしいんでしょう? 心が痛いんでしょう? 見てくれなかったママの代わりに、自分を見てくれる人がほしいんでしょう?」

 「・・・そうよ。そして、これはアタシの気持ち。ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジと一つになりたいというアタシの気持ち・・・・
 くっくっく・・・ほっほっほ・・・はっはっは!!」
 
 「な、何を笑ってるのよ? アンタ、バカァ?」

 だが、アスカは真顔に戻ると、向かいの席の偽アスカを睨み付けた。

 「今アタシがあんなことを考えたのは、アンタが誘導したのね? おあいにく様! アタシとアイツの心は、もうとっくに一つになってるのよ!!」

 アスカの勝利宣言と同時に、弐号機は背中に刺さった第十六使徒を抜き取り、ATフィールドを中和しつつ、プログナイフでズタズタに引き裂いた。

 

 「そう・・・自爆しないで済んだのね・・・残念だわ」

 「せっかく戦勝報告のためにアンタと面会しようってのよ。お世辞でもいいから、少しくらい嬉しがらせるようなこと言ったら?」

 アクリル板を挟んで、アスカはレイの憎まれ口を突っ込んだ。

 少し前なら、切れていただろう。しかし、アスカも、レイの本心はその言葉とは別のところにあると、分かるようになっていた。

 「これは事実上の敗北宣言よ・・・あなたが消えでもしないかぎり、碇君はあなたのものにしかならないもの」

 「・・・アンタ、本当に」

 「言わないで、耐えられなくなるから・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「それに当てもあるの・・・」

 「え?」



 なぜかレイより先に釈放された少年は、アスカに単独行動のわけを話し、独りで地底湖のほとりに来ていた。

 (僕の記憶が正しければここのはず・・・)

 だが、時刻まで正確に憶えているわけではない。待つこと数刻・・・

 「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふふーん」

 (来たー、冷静に考えたらかなり恥ずかしい登場・・・)

 そのことに気づかなかった前回は、余程どうかしていたのだろう。そう思いながら、少年は傍らの岩を見上げた。

 そこにいたのは、同じ制服を着た白銀の少年。懐かしい笑顔。

 「歌はいいねえ。歌は心を潤してくれる。リリンが生んだ文化の極みだよ」

 こちらを視てはいないが、視線には気づいているのだろう。白銀の少年は、話し相手が不明確な言葉を紡ぎ、そして「君に話していたのだよ」と言わんばかりに、少年に振り返った。

 「そうは思わないかい。ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジくん」

 「どうして、僕の名前を?」

 「知らないものはいないさ。だってあまりに特徴的だからね」

 そう言うと白銀の少年は岩から跳び降りた。

 「僕は渚カヲル。君と同じ、仕組まれた子供だよ」

 「・・・渚君」

 「カヲルでいいよ」

 「・・・・・・・・・」

 少年は次のセリフを、かなり長くためらった。

 「ぼ、僕もジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジでいいよ」

 (カヲルくん・・・もう、ダメなんだね)

 ヤオイな雰囲気の再現に、実のところちょっぴり期待していた少年は、自分たちの再会が前回とは違ってしまったことを痛感せずには、いられなかった。



 そして、2人の関係はそれ以上進展することなく(当たり前だ!!)、物語は一気に最終章へ。

 弐号機の魂が心を閉ざしているわけではないので零号機を略取し、ターミナルドグマに通じるメインシャフトを降下していく渚カヲル、いや第17使徒。

 普段浮かべている笑みを消し、ふと気遣わしげに遙か上方を見上げる。

 「遅いなあ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリン・・・」

 ガン!!

 言い終わらない内に、初号機と弐号機のダブルキックがカヲルに炸裂。
 それもATフィールドで落下速度を抑えるのではなく、むしろ加速して落ちてきた一撃。
 ATフィールドを展開するも、そのATフィールドごとカヲルは吹き飛ばされた。

 ジオフロントの底、LCLの海に、高々と水しぶきを上げ、カヲルは着水した。

 「ごほっ、ごほっ」

 顔を拭って目を開いたカヲルは、弐号機が自分に掴みかかってくるのを目にした。

 「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ、アスカさん。出来れば僕は、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジくんの方が」

 カヲルを殺してしまったことに、癒しようのない罪悪感を抱いている少年ならともかく、アスカは必要とあれば、ためらいなくカヲルを握りつぶすだろう。少年から前回の話を聞いて、少年を苦しめたカヲルに対する怒りもある。

 「何言ってんのよ、アンタわぁ!?」

 「そ、それにお約束も消化してないし、ほら、ヘヴンズ・ドアに入って、例のものを見上げたりさ」

 「・・・まさか、カヲルくんも戻ってきたの?」

 「・・・実はそうなんだ」

 名状しがたい沈黙が3人を包む。

 「カヲルくん、2度目なのに、どうしてこんなことを」

 弐号機の手の中にあるカヲルに少年は呼びかけた。

 「生き続けることが僕の運命だからさ。でも、違う道を選ぶこともできる」

 「これはリリス!」などをすっ飛ばしたことに不満げながら、カヲルはホッとしたように言葉を繋いだ。

 「僕には君が何を言っているのか、分からないよ!」

 前回と同じやり取りになっているが、そうならざるを得ない。少年にとって、カヲルがなぜ自分に殺されることを選んだのか、いまだに分からなかったから。

 「遺言だよ、碇ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジくん」

 この一言でアスカは切れてしまった。こいつはまた、少年に同じ苦しみを負わせようとしている。話せば話すほど、少年の傷は深くなるだろう。

 「こんのおおおお、死にたきゃ、今すぐ殺してやるわあああっ!!」

 「待って」

 制止したのは、少年ではなかった。

 「レイ!?」
 「ファースト!?」

 「間に合った・・・」

 前回レイの姿を見ていない少年にとって、完全に予想外の出来事。

 「脱獄に手間取ったわ・・・」

 ATフィールドを張って降下してくるレイ。もっともそれを使ったのはシャフトを降下する時が最初。いくらなんでも、ATフィールドを使ってドアや壁を破壊するわけにはいかない。
 空中を静かに下降するレイの目がロックオンされているのは、初号機でも弐号機でもなく、弐号機の手の中の渚カヲル。

 「今回ほど、碇君の名前を長くしておいてよかったと思ったことはないわ・・・」

 弐号機の手許で空中静止すると、レイはくっつくほどカヲルに近づいて語りかけた。

 「二つに一つよ・・・ここで弐号機に握りつぶされるか、私と共に生きるか・・・」

 「「「え?」」」

 突然の告白に、3人は面食らった。

 「ぼ、僕にとって生と死は等価値なんだけどね・・・」

 「あ、綾波、僕には君が何を言っているのか分からないよ」

 「こ、こんな時、どんな顔をしたらいいのか、分からないわね」

 「私には他に誰もいないの」

 レイは前回、今回を通じて少年にもアスカにも見せたことのない涙を流した。

 「私が人間じゃないことを知っている碇君がダメなら、同じく人間じゃない、あなたしかいないの」

 頬を伝って落ちた涙が、レイの張ったATフィールドにあたって揮発する。

 「・・・・・・・・・分かったよ、綾波さん」

 カヲルには涙を流すことが出来ない。レイも本来そうである。それが涙を流せるようになったのは、レイの心が変わったからに他ならない。だが、それだけに苦しみの増したことがカヲルには分かった。同じ苦しみを感じることはないまでも、慮ることができた。

 「君と共に生きよう」

 そしていつか2人で一緒に泣こう。カヲルはそう、心に決めた。



 
 ネルフ側についた渚カヲルは、ゼーレとの戦いにおいて一騎当千の援軍だった。カヲルをコピーしたダミープラグは、カヲルの前に無力であった。量産機はダミープラグに干渉したカヲルの思うがままとなり、ゼーレを壊滅させた。



 ネルフの戦いが終わって9年後、少年、いや青年とアスカは結婚式の主役になっていた。

 「アスカ、綺麗よ・・・今のアスカは世界で一番綺麗。どこに出しても恥ずかしくないわ」

 今回、アスカの親代わりで出席するミサトは、涙ぐみながら目を細めた。

 「泣くことないじゃない・・・でも、ありがと」

 ドイツの両親と関係は修復できたものの、それはお互いに交わることなく生きていくという形での修復だったため、アスカの方は親族が1人も出席しない。ただ、祝電が一本届いているばかり。だが、アスカはそのことに憤るでもなく、また冷淡に受け流すでもなく、これが両親に出来る精一杯だと受け止めた。

 「ほーんと。飾らない格好だけど、そこがまた似合ってるわ」

 そばにいたレイも口を出してきた。アスカの格好は、ネルフの女性用制服を純白の生地で仕立てたものである。

 「ほら、あれ、馬子に衣装っていうけど、ほんと、そうね」

 8年の間にずいぶんレイは、無駄に口数が多く、かつさばけた話し方をするようになっていた。特別明るいというほどではないが、無口無表情だった頃に比べると、格段に明朗になったと言える。そのことには、アスカや青年だけでなく、彼女を知る人間皆にとって大きな喜びだった。

 「アスカ、準備はいいかい」

 同じく純白の男性用制服に身を包んだ青年が、ドアを開けて入ってきた。

 「いつでもオーケーよ」

 アスカは、呼びに来た青年の傍らに立つ。出逢った当初はほんの少し自分の方が高かったが、いまや並んで立つと、見上げなければ青年の顔を見ることが出来ない。
それでも腕を組んで、結婚式場に向かう。今後ずっとともに歩んでいく表明のように。

 結婚式は無宗教式で、自分たちをよく知る人たちの前で、夫婦であることを宣言し、かつ誓約するという形を取った。いわば夫婦宣誓式である。

 婚姻届は、式の終了後新婚旅行に行くついでに提出する予定。
 ともあれ、今は皆の前で夫婦の誓いを立てるべく、宣誓台に向かう。立ち会うのは式場付きの公証人と、新郎新婦の友人を代表して洞木ヒカリ。

 もう既に席に着いている参列客もいた。トウジ、ケンスケはきっと、青年がアスカを呼びに来るまで青年と話していて、青年がアスカを呼びに彼らから離れたところで、席に着いたのだろう。彼らは最前列に掛けている。そこにレイが来て、彼らの隣に腰掛けてた。

 どういうつもりか、リツコとゲンドウはずいぶん後ろの方に掛けている。席に比べて参列者が少ないので、かなり目立つ。そこにミサトが入ってきて、2人があまりにも新郎新婦から遠いのを見つけた。ミサトは彼女特有のお節介を発揮し、2人に前の方に掛けるようしつこく勧め、驚いたことに、なんと説得に成功した。

 何を考えているのかよく分からない鉄仮面と、なぜか微妙に怒っているように見えるむっつりした顔とが、アスカ達の近くに来た。念のために言っておくと、前者がゲンドウ、後者がリツコである。
 もっとも最前列ではなく、そのすぐ後ろに2人並んで腰掛け、ミサトはリツコの隣に腰掛けると腕時計に目をやった。

 世話人を任されたオペレーター3人衆が、いまだ式場に入っていない参列者を呼びに行き、外で時間を潰していた冬月が彼らに連れられて戻ってきた。冬月が席に着くのを待って、青年とアスカは、宣誓台の前で参列客に向かい最敬礼。
 参列者はほとんどがネルフの関係者で、そうでないのはケンスケとトウジぐらいのもの。彼らにしたところで、父親の職業や、特にトウジはパイロットに選ばれた前歴を考えると、無関係とは言いがたい。

 「本日はお忙しい中、お集まり下さり、心より御礼申し上げます。これより、惣流アスカ=ラングレーと碇ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジの結婚式を行います」

 式場付きの司式者が入場し、挙式を宣言した。

 「それでは夫婦の誓いの式典に先立ち、ここにお集まりの皆さまに、証言を求めます。ここにお集まりの皆さまのどなたも、この二人が夫婦になれない理由、結婚できない理由にお心当たりはございませんね」

 そこで司式者は言葉を切った。咳払い一つせぬ沈黙。

 「何か、申し立てのある方は、この場にて明らかにして下さい。さもなければ、永久に口にしないように」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、レイの心は強い誘惑に囚われた。

 (はーい、2人はすんなりとは結婚できませーん! なぜなら、私も碇君を愛しているからでーす!!)
 
 それはおそらく、ちょっと人の悪い冗談として一笑されるだろう。レイ自身も冗談ですますつもりである。だが、レイの本心はおそらくここにいる全員が知っており、その顔にはいくらか陰が落ちることだろう。もちろん、アスカも青年も。
 それに自分自身、笑顔で言い終える自信がない。途中から涙声にでもなった日には、下手をすると、リツコなどはレイに謝りながら、本式に泣き出してしまうかもしれない。だから、口には出さなかった。
 
 「それでは、宣誓式に移ります」

 (あーあ、これでもう永久に口にできないわね)

 レイはやるせなさを感じると同時に、なぜかホッとした。やっと気持ちに区切りがついたのかもしれない。
 
 公証人とヒカリが見守る中、青年とアスカは、宣誓台の上に右手を重ねて置いた。

 「あなた方2人は、或いは夫として、或いは妻として、常に互いに忠実であることを誓いますか?」

 「「誓います」」

 公証人の質問に、見事なユニゾンで答える2人。

 「それでは、名乗りを上げた後に、夫婦であることを宣言し、誓約して下さい」

 司式者がクライマックスの開始を告げる。

 「はい、私、惣流アスカ=ラングレーと」

 「私、碇ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ」



 (長い日々だったわね・・・大人顔負けの経験の中でお互いを選んだのに、子供だからってだけでけっきょく9年も待つことになって・・・9年か。あいつが私を)

 ミサトの考えが伝わったのか、加持が式場に入ってきた。

 (待たせたのと同じ年数ね)

 「遅ーい」

 「すまんすまん。しかし、これでも急いだんだぞ」

 「いいわよ、もう。結婚は9年待ったんだから、10分かそこら待つぐらいは」

 「手厳しいな・・・」

 小声での言い争いは、加持ミサトの方に軍配が上がった。



 「カイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツ」



 (あの日、俺がこいつに残した留守電の文句、今でも空で言えるな・・・)

 『葛城、俺だ。君がこの電話を聞いているのは、君に多大な迷惑を掛けた後だと思う。・・・すまない。リッちゃんにも「すまない」と謝っておいてくれ。
 あと、俺が育てていた花があるから、世話をしておいてもらえると嬉しい。場所はジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノ』

 ピーッ

 ツーツーツー

 「・・・もう一度」

 『シューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ君が知っている・・・葛城、もし生きて戻れたら、8年前に言えなかった言葉を言うよ・・・』

 ピーッ

 「やれやれ、少し遅れた。急がねば・・・って、うわああああっ!!」

 わずか数分の違いで、加持は交通事故に会い、意識不明の重体。当然ながら、前回で死に場所となった待ち合わせの場所には行けなかった。幸いにというか、顔を手ひどく怪我したのと、身分証はネルフのも内閣調査室のも轢き潰されたために、狙ってもできないほど自然に身元不明者になれたのだから、長い名前の御利益は計り知れない。

 ちなみに顔の方は整形手術を経たものの、傷跡が残った。しかし、ミサトは全く気にせず加持のプロポーズを受け入れ、結婚した。

 (傷なら私も同じ。それに、お互い外見に惚れたんじゃないしね・・・)

 そう。使徒戦が終わった後、加持を失った悲しみと本当に正面切って向き合ったミサトは、完全にアルコールに溺れてしまった。加持が戻ってきた時には、ミサトは完全な中毒になっていた。そんなミサトを加持は、たとえ家族でもまねできないほど献身的に世話したのである。それもただの同情ではなく、ミサトをアル中から脱却させるためのスパルタ式で。
 アルコールを求め暴れるミサトは、加持に、アルコールのことだけではなく、目的のために、ミサトとの関係を利用したのではないかとの疑念と憎悪まで、汚い言葉にして叩きつけた。時には言葉だけではなく、暴力も振るった。
 だが、加持は逃げ出すことも、やり返すこともなかった。そして落ちついた後、慚愧の涙を流すミサトを抱きしめ、寝入るまであやした。
 一年かかったが、ミサトはまたネルフで働けるようになり、加持はようやくミサトに結婚を申し込んだ。



 2人の結婚当日で、少年は大はしゃぎにはしゃぎ、そして大泣きに泣いた。
 
 「おめでとう、よかったね、うれしいよ、ごめんなさい、でも、ホントに、本当に、ありがとう」
 
 少年がそこまでミサトと加持を慕っていたのか、と大人達はほほえましく見守っていたが、その泣き笑いがどれほどの苦しみを乗り越えた果てに得られたものかは、アスカとレイ、カヲルだけが知っていた。



 「クウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジ」



 自分たちの結婚の時を思い出したのか、リツコは傍らにいる夫、ゲンドウの手を握った。ゲンドウからは握り返してこないが、それは冷たさではなく、照れているだけだということをリツコは知っている。
 薬指の指輪を同じ手の親指でなでながら、リツコは回想した。

 (公にできるまでしばらくかかったけど、まさかあの時、婚約を・・・というより、生きて帰ろうとは思ってもみなかったわ)

 青年がまだ少年で、アスカと唇を交わしたあの日、総司令執務室に乗り込んでいったリツコは、ゲンドウに銃を突きつけ、自分を殺すか、それとも心まで愛するかと迫った。

 「もう、私がいなくなっても計画に支障はないでしょう。母さんは自ら望んであなたと関係を持ったけど、私は違う」

 (そう、私はこの人に汚された。自分が汚されたこと、傷つけられたことから目を背けるために、私はその後も、求められるままに抱かれ続けた。この人が離れていかないよう、この人の命令にはすべて従った。そして、私はますます堕ちていった・・・)

 「もし、また人材が必要になったら、私にしたのと同じようにして従わせればいい」

 我ながらひどいことを言ったものね、回想しながら、リツコは自嘲の笑みを漏らした。その視線の先にいるのは、後輩にして部下である伊吹マヤ。あの時考えていた人材とは、マヤだった。

 (この娘もいずれ自分と同じ道を歩むのではないか・・・そう考えていた時期もあったわね)

 「潔癖性は辛いわよ。この先、生きていくのが・・・汚れたと感じた時、分かるわ・・・」
 マヤにそう忠告した時、リツコは確かにそう考えていた。
 ゲンドウに銃を突きつけた時、もし自分がここで殺されれば、次はマヤの番かも、とチラとでも考えなかったと言えば嘘になる。

 結局のところ、自分も悪人なのだ。その自覚をリツコは、マヤに恥じる気持ち、そして、レイ、アスカ、少年、ミサトへの罪悪感とともに、この先一生、忘れることがないだろう。そして、ゲンドウへの割り切れない気持ちも。

 (結局、死ぬまで分からないでしょうね。この気持ちが愛か、復讐心か、それとも共犯者意識なのか・・・)

 だが、おそらくリツコがゲンドウと別れることはないだろう。そして、ゲンドウがリツコを棄てることも。

 (ロジックじゃないわね。男と女って)

 たとえ許されなくても幸せになってみせる。

 ゲンドウが本当に銃をとりだし、自分に狙いをつけた瞬間、リツコの中で何かが壊れ、引くつもりのなかった引き金を引いていた。ゲンドウは椅子から転げ落ちたが、幸い弾が当たったのは肩で、しかも貫通していた。血さえ止めれば命に別状はないと判断したリツコは、白衣を裂いて、床に転がったゲンドウの肩を止血。そのまま、痛みで動けないゲンドウに馬乗りになり、その口に銃口を押し込みながらゲンドウを・・・

 「これでおあいこね・・・」

 
 
 そして、その日、ゲンドウとリツコは、密かに婚約し、後日リツコにゲンドウから指輪が贈られた。



 「パイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイ」



 「君のおかげで、ようやくユイを忘れられそうだ・・・」

 ゲンドウは、自分がリツコに求婚したセリフを思い出していた。

 (だが、その後、予想もしてなかった返事が返ってきたな)
 「うそつき・・・」

 その言葉に、ゲンドウは動揺した。なんとか威圧感を消そうと必死で緩めていた顔がこわばる。

 「本当だ」
 
 脅しているようにしか聞こえない口調に表情。それが、人付き合いを苦手とするゲンドウには、自分が真剣であることを相手に示す、精一杯の感情表現。それが見抜けるようになったリツコは、ゲンドウとの関係において完全に主導権を握っていた。

 (ユイさんがこの人を可愛いって言ってたのは、こういうことだったのね・・・)

 「なら、一生かけて証明して見せて・・・」

 罠にはまったことに気づくゲンドウ。一瞬リツコの顔がユイに見えた。

 (ふ・・・ユイは確かに私にとって特別な存在だったが、同じくらい特別な存在が見つからないほど特別でもなかったということか・・・すまないな、ユイ・・・)



 ゲンドウとリツコの結婚式は、やはりごく内輪で済ませられた。その時リツコが見せた嬉し涙は、程度の差こそあれ2人の関係の複雑さを知っていた一同の心に、いつまでも残った。

 当初、2人の結婚に反対していた少年も、リツコの真剣な言葉に遂に折れて認めた。結婚式では2人のために、チェロを弾き、2人と、事情を知る友人達とを喜ばせた。 
 そして、その晩、ひそかにターミナルドグマにおり、初号機に乗って、胸を抉られる激痛の中、自らの手でユイの眠るコアを破壊した。

 (決意を守れなくてごめん・・・でも、母さんより、大事なものができたんだ・・・)



 「グーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノ」



 「惣流、キレエやなあ・・・センセも、たいした男っぷりや」

 「次はお前らの番だな、トウジと委員長、それに綾波と・・・」

 「な、何を言うんや」

 婚約期間を経て、この度、晴れて結婚したカップルとはいえ、アスカと青年は明らかに早婚。ごく普通のカップルであるトウジとヒカリは、ずっと付き合ってはいるものの正式な婚約はいまだ交わしていない。それは普通のカップルとは言えないレイとその相手の場合も同様だった。

 「何を言うのよ・・・」

 折悪しくというのか、レイの相手が入ってきた。

 「やあ、レイ、こんな日に遅れてごめん」

 渚カヲルである。

 「かまわないわ。今日の主役はあなたじゃないから」

 周囲が不思議がることには、ずいぶん社交的になったレイが、自分の恋人に対してだけは、以前と同じ冷淡な態度である。だが、カヲルには分かっていた。この態度こそ、今も変わらぬレイの本当の姿。レイも自分も、どれだけあがいても永遠にヒトにはなれない。

 カヲルにだけは本当の姿で接するレイ。彼女が涙を見せるのもカヲルだけ。かつて、カヲルは、いつかレイと共に泣くことを決心したが、それは果たされないまま、今日に至っている。

 カヲルがいまだに泣けないわけではない。レイが泣く時、カヲルはいつも黙ってレイを抱きしめ、落ちつくまで彼女を傷つけるすべてから守る。レイが自分を取り戻し、眠った後、カヲルは外に出て、あるいは人知れぬ森の中で、あるいは遠くのビルの屋上で、あるいは水の中で、泣くのだった。

 レイが泣いているときには支える。レイには、レイにだけは涙を絶対に見せない。それが、カヲルの新たな決意だった。

 「隣にいれてよ」

 「好きにすれば」

 「そうさせてもらうさ」

 「・・・・・・・・・」

 こりゃあ、今晩も泣かれるな。新郎新婦を見つめるレイの横顔を見て、カヲルは覚悟した。

 「・・・僕はいつもレイのそばにいるから」

 「さっきはいなかったわ」

 「・・・・・・そうだね」

 「・・・・・・でも、いてもいいわよ」

 「・・・ありがとう」

 「分かってるでしょうけど、あなたはどこまで行っても私にとっては2番目でしかないわよ」

 「分かっているよ・・・でも、一生かけても、こっちに向かせてみせるさ」

 「そう・・・よかったわね」



 「チョウキュウメイノ」



 「俺たち3人とも」
 「見てるだけしかできなかったけど」
 「だから、君たちが何を乗り越えてきたか知っている」

 「センセ、惣流・・・妹がまた元気になれたのも、ワシがこうしてジャージを着られるのも」
 「私が、鈴原との結婚にはアスカに立ち会ってもらおうと考えられるのも」
 「俺がお前達の晴れ舞台をカメラに収められるのも、みんなお前達が戦ってくれたおかげだ」

 「保護者だなんて期待させといて、いざとなったら子供に頼って・・・」
 「俺にならできた、俺にしかできなかったことを、しなかったんだよな・・・」
 「無様だったわね」
 「まったく、恥をかいたものだ」
 「何、人というのはそうしたものだ。問題ない。とりあえずは、よくやったな、アスカくん。そして、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノ・・・」



 「「シンジ」は」

 「「ここに夫婦であることを宣言し、お互いに誓い合います」」


 「おめでとう!」

 「おめでとう!」

 「おめでとう!」

 「「「「「「「「おめでとう!」」」」」」」」

 参列者一同の歓声と拍手、そして彼らが投げつける紙吹雪の中、2人は式場から飛び出し、外に待たせてあった車に飛び乗った。

 その直前、青年は式場を振り返り、

 「父さん、ありがとう・・・・・・義母さんもね」

 そして、天を振り仰いだ。

 「・・・・・・母さん、さようなら」



 「いいのかな、アスカ・・・式の後、僕らのためにパーティーをやるって、ミサトさん、息巻いてたたじゃないか」

 役所に婚姻届を提出した後、空港に向けて疾駆する車の中で、青年がふと思い出したようにアスカに言った。

 式後は結婚披露パーティーをしようと言いだしたのはミサトである。しかし、アスカが、式が終わったらすぐにでも2人きりになりたいと言いだし、結局、式後は2人は即座に新婚旅行に出発、参列者達だけでそのまま結婚記念パーティーへ、という運びになった。

 「い・い・の・よ。新婚夫婦をいつまでも引き留めとくほうが野暮なんだから・・・ミサトは飲んで騒ぐ理由がほしいだけ。ノンアルコールビールでもね」

 「そうだね。加持さんもいるし、第一、僕たちがいなくても、きっと今頃大騒ぎだろうね」

 「そういうこと」



 立場上外国には行けないので、国内の観光地が新婚旅行先。ホテルにチェックインしたのは夜だった。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・」

 「・・・・・・ね、ねえ」

 妙に2人とも緊張してしまっている。アスカが青年に声をかけても

 「な、な、何?」

 青年もこの始末。

 「キ、キスしよっか?」

 「・・・・・・・・・うん」

 これから今までしたことがないことをしようというのだから、とりあえずはし慣れたことから始めることにする。

 2人の接吻は、初めての頃は小鳥のキスだったが、一つ年を取るごとに接触時間が増し、濃厚なものになっていった。

 夫婦として交わした最初の接吻は、完全に大人のものであった。

 「シャワー、浴びてくるね・・・」

 「うん・・・」

 いくらなんでも、一緒に浴びるようなことは、まだ恥ずかしい。アスカは誘わずにシャワールームに向かい、青年は持ちかけずベッドに腰掛けた。

 気が遠くなるほど長い時間待たされ、ようやくアスカが上がってきた。

 「出たわよ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ・・・」

 「あ、うん・・・じゃ、次は僕が・・・」

 「ま、待ってるからね、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ」

 アスカもまた気が遠くなるほど長い時間待たされることになる。ベッドに入って目を閉じているせいか鋭くなった聴力が、水音が止まり、シャワールームのドアが静かに開くのを捉えた。

 「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ、出たの?」

 「うん・・・」

 アスカが目を開くと、青年はバスローブ一丁で、部屋の真ん中に立っていた。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」
 
 「こっちいらっしゃいよ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ」

 「い、いいのかい?」

 「いいに決まってるじゃないの。夫婦なんだから・・・ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノバカシンジ・・・」

 「ご、ごめん」
 
 そう言いながらアスカの隣に潜り込む青年。

 だが、2人はいまだ天井を見上げ、硬直している。

 「ね、ねえ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ、寝ちゃった?」

 「う、ううん。起きてるよ」

 「そ、そう・・・・・・」

 そして2人は黙りこくる。心臓の音が相手に聞こえるのではないかと思えるような沈黙。確かに、2人の心音は大きくなっていた。

 「ジュ、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ・・・」

 「な、何、アスカ・・・」

 「電気消しましょうか」

 「そ、そ、そうだね。じゃじゃじゃあ、そ、そっち消して。ぼぼぼ僕、こっち消すから・・・」

 「あ、あわてるんじゃないわよ、恥ずかしいわね。ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノバカシンジ・・・」

 2人はベッドの両脇にあるランプを消した。部屋は真っ暗になる。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・ジュ、ジュ、ジュ」

 「ア、アアア、アス、アス」

 「ジュ、ジュゲ〜ム」

 「アスカ、って、何それ?」

 「・・・ジュテームの洒落だったんだけど、分からなかったみたいね」

 「ご、ごめん・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「アスカ・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「行くよ」

 「・・・ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンギョウマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノシンジ・・・来て」

 Trrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!

 電話の音。

 「・・・もう!! 何よ!?」

 怒り狂いながらアスカは受話器を取る。

 「もしもし!! こんな夜中に何よ!? はあ!? モーニングコールだア!? ふざけるんじゃないわよ!! こっちは新婚だから邪魔するなって断ったし、第一まだ夜中・・・もう朝!!?」

 電話を切ったアスカは、悄然として青年に向き直った。

 「部屋番号間違えたんだって・・・・・・はあ・・・新婚初夜は名前を呼び合うだけで終わっちゃったわね・・・」

 「・・・い、いいじゃないか。それよりどうする。一眠りしてから観光に行こうか?」

 「ううん。それより、もう二三遍、名前を呼び合いましょ。そしたら、日も暮れるだろうし」



 お後がよろしいようで・・・


<INDEX>