饅頭以外の怖いもの

無名の人 さん



 えー、一席どうぞ馬鹿馬鹿しいお笑いを・・・


 「ひゃあああああっ! だ、誰ぞいてへんか! イインチョ! センセ! ケンスケ! 綾波! 惣流! ミサトはん! 加持はん! リッコはん! マヤはん! メガネはん! ロンゲはん! 冬月のご隠居! センセのおやさん!」
 長屋の表で、いつもおなじみのトウジが何かに驚いて、間の抜けた悲鳴を上げますと、その時、ちょ〜ど、長屋に居合わせたヒマな連中が、なんぞおもろいことでもあったかと、無責任に飛び出して参ります。学校がまだ再開されていないために開かれた、長屋の一角の私塾で委員長をしているヒカリさんだけは、真っ赤になって怒っているようですが・・・
 「静かにしなさい! 授業中よ!」
 「い、イインチョ、それどころやあらへんねん。へ、へ、へ」
 「屁?」
 「へ、ヘビや、ヘビ」
 「ヘビ? どこよ、ジャージ?」
 とアスカさんがきょろきょろしております。
 「どこや、て、惣流、そこ、そこ、そこ」
 「そこ・・・なによ、縄じゃない。アンタ、バカァ?」
 「へ?」
 「分かったら、いい加減、委員長から離れろよ」
 やれやれといった様子で、ケンスケが肩をすくめます。
 「いや〜んな感じ〜、だから」
 「お、す、すまん、ケンスケ」
 「不潔・・・」
 「ま、マヤはん。わざとやないんや」
 「縄とヘビを間違えて、あんな悲鳴を上げるような人間がここにいるとは・・・恥をかかせおって・・・」
 長屋の大家さんである冬月のご隠居も渋面を作っております。
 「す、すんまへん、大家さん・・・せやけど、そんなこと言うたかて、ワシ、ヘビが大の苦手で、似たもんもあかんのや」
 「我慢しなさい! 男の子でしょう!?」
 ミサトさんは、相変わらずわけの分からないところで、切れやすうございますな。
 「ミサトはん、男でも、なんでも、怖いもんはこわい・・・」
 「無様ね」
 「リ、リッコはんまで・・・」
 「フォース・チルドレン、君には失望した」
 と、トウジの友人の父親、ゲンドウ氏が普段からかけているサングラスをずり上げながら総括します。
 「セ、センセの
おやさん、そりゃ、とどめやで・・・ワシやったらまだええけど、実の息子には絶対言うたらあきまへんで」
 そんなトウジのぼやきをよそに、青い髪の女の子が、兄代わりの少年に聞きますな。
 「こんな時、どんな顔をすればいいの?」
 「笑えばいいと思うよ」
 「こらこら、そこの綾波とセンセ〜、なに、ワシをネタに、お約束してんねん〜ん? ・・・おや、そういや、加持はん、いてまへんな」
 「仕事があるから、そっちに行くんだって。あんのぶわっか野郎ー!!」
 「ミサト、仕事って何よ? まさか、まだ例のアルバイトを・・・」
 「あ? 違うわ〜、リツコ。スイカ農場のアルバイト。今月厳しいから、シフト増やしてもらわないと家賃はらえないんですって。高給取りだった頃の習慣が抜けてないんだから・・・は〜あ、まさか、私たちが長屋住まいするなんて思っても見なかったわねえ」
 「やれやれ・・・平和だね・・・」
 ケンスケの見上げる空を、雲が流れていきました。


 「しかし、あれやで・・・ワシのこと、笑いよるけど、自分ら、怖いもんや、苦手なもん、あらへんのかい?」
 所変わって、長屋の一室。先に出てきた皆がトウジを囲んでおります。よほど暇と見えますな。
 「う〜ん、言われてみると、ちょっち、自分のこと棚に上げてたかしら〜」
 「そこや、ミサトはん。どうでっしゃろ、みんなで順番に、自分の苦手にしとるもんとか、怖いもん、言うてくってのは」
 自分だけヘビ嫌いがばれとんのは不公平や。皆のも聞かな、気がすまん、というのが、トウジの考えでございます。
 「・・・反対する理由はない。存分にやりたまえ」
 勝手に卓袱台を持ち出し、まるでそこにいる全員の親分みたいな風情でひじをつき、指を組みながらゲンドウ氏が「裁可」します。
 「よっしゃ、
おやさんの賛成も得たことやし、さ、やりましょ、やりましょ」
 「やれやれ、しかたない。やりますか」
 さっきと同じ、言葉どおり、やれやれといった感じのケンスケですな。
 「お、ケンスケ、あまり乗り気やないみたいやな」
 「そりゃ、気は進まないさ。あんまり愉快な話題じゃないからな」
 「ほなら、はよ楽にしたろ。ケンスケからや」
 「ぶっ。おい」
 「あかん、あかん。だいたい、アイウエオ順でも、ケンスケ、お前がいっちゃん先やがな」
 「ちぇっ。・・・俺が苦手のは、なんだろう・・・ナメクジかな」
 「ナメクジ?」
 「ああ、トウジみたいに大げさに怖がったりはしないけど、苦手だな」
 「へえ」
 「相田、ナメクジが苦手なの? 私はカエルがダメなの」
 「へええ。イインチョがカエルで、ケンスケがナメクジ。ワシがヘビやから三竦みやがな。ほたら、ミサトはんは?」
 「え? 次、私? ・・・ん〜とねえ、暗いところが苦手・・・嫌なことを思い出すから」
 「いきなり、重たいこと言わないでくれる、ミサト? それに一番苦手なのは、禁酒じゃなくって?」
 「あああ〜っ! そ、それは絶対、いやあ〜っ!!」
 「じゃ、リッコはんは、なんか怖いもん、苦手なもん、ありまっか?」
 「そうね・・・自分の才能が怖くなることがあるわ」
 「ああ〜ん、先ぱ〜い、素敵ですぅ。いかにもマッド才媛ティストって感じ〜」
 「な、なんもよう言わんけど、リッコはんの才能が怖いんは、確かやわ」
 そこで、レイがぼそっと
 「要らない」
 ぴくっ
 「しつこい」
 ぴくぴくっ
 「用済み」
 「い、いやああああああっ!!」
 「ああ、リ、リッコはん! 何するんでっか!?」
 「いかん! いつもの発作だ! 止めろおおっ!!」
 冬月のご隠居の号令一下、リツコさんは取り押さえられ、こちらの世界にもどってまいりました。
 「ふぅ、ごめんなさいね。なぜか、あのセリフを聞くと、手近にいる人を絞め殺して、高いところから飛び降りたくなるの・・・苦手なセリフね」
 その陰でレイさんが
 (親の因果が子に報い・・・くすくすくす)
 とほくそ笑んでおります。


 「・・・え、え〜っと、マ、マヤはんは?」
 「男の人!!」
 「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
 「マ、マヤ・・・最近、私を見つめる目が妖しいと思ってたら・・・」
 「嫌ですぅ、先ぱ〜い、男がダメで女の人の方がっていうような、そんな生々しいもんじゃなくてぇ、単に汚れるのがいやなんですぅ」
 「おんなしこっちゃ・・・気ィ取り直して、次行くでぇ。なんも言わなんだら、おるやらおらんやら分からんメガネさんにロンゲさん」
 「俺たち名前なしか?」
 「おまけに言葉遣いの区別がないから、どっちが言っているやら分からなくないか」
 「ああ・・・白旗でも揚げますか」
 「諦念の表明に見せかけた自己アピールだとしても、向こうはそうは思っちゃくれないぞ」
 「これでオッケーだな」
 「ああ・・・俺たち、ほとんどこれだけしか、お約束のセリフがないがな」
 「んーと、そうだな、苦手で怖いものか・・・やっぱり」
 「「サングラスでひげの上司!」」
 「あ、それ分かるわん」
 「私もですぅ」
 「・・・共感はしないけど、否定もできないわね。私の場合は、ほら、ロジックじゃないから・・・」
 「冬月・・・あれは誰のことを言っているのだ?」
 「さあな(くくく)」
 「司令はもう少し、自分のことを知った方がいいよ」
 「お、渚やないか」
 「え? あ、カヲルくん」
 「げ、ナルシスホモ」
 「ごあいさつだねえ。何やってるんだい?」
 「みんなで、苦手なもんや、怖いもん、白状していっとるんや」
 「へ〜、ちなみに僕は饅頭だよ」
 「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
 「カヲルくん、僕には君が何を言っているのか、分からないよ」
 「だ、ダメかな・・・失礼しました〜」
 「行ったか・・・あいつ、何しに出てきたんだ?」
 「ほっときなさい、相田。次! ファースト、アンタよ!」
 「ひげ・・・」
 「・・・それ以上は聞かないわ」
 「ううう」
 「泣くな、碇」
 「白髪もいや・・・」
 「やめなさい」
 「ちょっと! ご隠居が倒れたわ! 救急車!」
 「赤毛猿も・・・いたい」 
 「やめろって、言ってるでしょう!? 殴るわよ!!」
 「殴ってから言ってる・・・」
 「そんなことどうだっていいわよ! はい次、バカシンジ! 足引っ張るんじゃないわよ!!」
 「あ、次、僕? ・・・う〜ん、怖いものか・・・怖いもの・・・・・・怖い・・・」
 「あらんどうしたのシンちゃん?」
 「ミサトさんも・・・」
 「私?」
 「父さんも・・・」
 「私か?」
 「綾波も・・・」
 「私も?」
 「みんな、みんな、怖いんだよ・・・助けて、アスカ〜!!」
 「きゃあっ! 何抱きついてきてんのよ! 気持ち悪いっ!」
 「起きてよ、アスカ〜!!」
 「寝ぼけてるのはアンタの方よ!! こらっ、胸をはだけるんじゃないっ!! このバカ! 錯乱しているときしか、アタシに手を出せないなんて・・・やるんなら、正気の時にやんなさい!! 後で覚えてないんじゃ、なんの意味もないじゃないの!!」
 冷静に聞くとえらいことを口走りながら、アスカさんはその右拳を引き絞り、
 バキ! ガス! グシャ! ベキベキベキ!


 えー、何があったのかは定かではありませんが、その場に居合わせた皆が正気に返ると、シンジくんが血ダルマになって倒れておりました。
 「これは涙・・・そう、私悲しいのね・・・」
 「まったく、ファーストを泣かして・・・気にしちゃダメよ、ファースト」
 「弐号機パイロット、私も泣いているんだが」
 「アスカ〜、保護者に同情してもいいんじゃない〜」
 「大人は自分で何とかしなさい。さあ、次は誰?」
 「ご隠居は病院に運ばれていったから、残りは、惣流と
おやさんやけど・・・」
 「なら、私から行こう。その前に君たちに一言言っておく・・・」
 真っ赤なサングラスがキラリと光りました。
 「もっと本当に怖いものを怖がりたまえ。君たちが言っているようなものは、真の恐怖をもたらすものではない」
 「ほたら、
おやさん。おやさんは、なんぞ人に聞かせて恥ずかしないような、立派なもんでも苦手なんですかい」
 「うむ・・・一度だけ、死ぬほど怖い目にあったことがある。だが、この話、聞くのなら、最後まで聴け。でなければ、帰るのだ」
 「・・・よろしおま。どうぞ、言うとくんなはれ。こっちも最後まで付き合いまひょ」


 「あれは、今から七年ほど前・・・ネルフの前身ゲヒルンが、ネルフに改組される直前の出来事だった

 一人の女性がゲヒルン所内で不審死を遂げ、表向きは事故として処理されたのだ・・・

 だが、告白しよう・・・その女性の名は赤木ナオコ・・・彼女と私はその時、愛人関係にあったのだ。

 リツコくん、君は知っているな・・・そして、彼女の死について、考えるところもあったろう。だが、今から話すことは、そのことに直接関わることではなく、その後の話なのだ。

 (それでも、真実そのまま話すのではなくて、ある程度嘘を交えておかねばな・・・)

 彼女が死体で発見された場所のすぐ近くで、倒れていたレイも発見され、すぐ病院に回された。発見時は完全に呼吸も心拍も停まっていたが、奇跡的に回復を遂げた。もっとも、何か怖い目にあったのだろう、それまでも表情や感情の動きに乏しい子だったが、ますます無表情、無感動になっていた。

 だが、しばらくして、私は奇妙なことに気づいた。目を離していると、いつの間にかどこかに消えていることがある。そのうち、私はレイが消えるのは、1日の内で、いつも決まった時間であり、その時間に人目がある場合には消えないが、誰も見ていないと姿を眩ませてしまい、そしてまた、いつの間にか戻ってきているのだ。

 そこで私は、その時間帯に物陰に隠れて、レイを見張ることにした。最初の数度は、完全にまかれてしまったが、何度目かに、やっと後を付けることに成功した。もっともそれは、それまでにレイがたどっていたコースから、レイがどこに行くのか、見当がつくようになったからなのだが。

 そう、そこはナオコくんが事故死・・・いや、自殺した場所だった。そしてそこで、レイは宙をにらんで、表情を失っていたはずなのに、薄笑いを浮かべ、ぶつぶつと、空中の誰かにささやいていたのだ。

 司令が言ってたもの

 婆さんはしつこい

 婆さんは要らない

 婆さんは用済み

 私は、呆気にとられて見守っていた。すると、レイは突然ピタリとささやきをやめた。そしてゆっくりと、こちらを振り向いた・・・笑いながら

 『言ってた通り伝えたら、婆さんも私も死んじゃったぁ』
 
 そうして、レイの笑い顔は消えた。

 『・・・司令? 私、どうしてここに・・・』

 もう無表情なレイに戻っており、二度と同じことは起こらなかった」


 「な、なあ、綾波・・・あんなこと本当にあったのか?」
 「ごめんなさい。分からないの・・・多分、私は3人目だから」


 「えー、ごほん。コメントはなしや。次、大トリ、惣流」
 「あー、アタシ? えーとね・・・怖いなものか・・・この天才美少女に怖いものってないんだ・け・ど・・・」
 「な、なんや、ワシと気絶しとるセンセの顔、
七三ひちさんに見て、気色悪い」
 「強いて挙げるなら、怖いものが一つだけ」
 「なんや?」
 「バカシンジ」
 「は?」
 「どうも、見ているだけでイライラしてくるのよね。それでついつい手が出ちゃうんだけど、悲観して自殺されたらって思うと、それが怖いわねぇ」
 「・・・だったら、あんまりいじめなきゃいいじゃねえか」
 「それがつい殴っちゃうのよねぇ。我ながら困ったもんだわ。同僚だから出来るだけ、狭っ苦しいミサトの
うちでも、我慢して一緒にいるんだけど、やっぱりバカシンジが悪いのよ、アタシに殴られるようなことばっかりするんだから」
 「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
 「あ〜あ、やだやだ。辛気くさいこと考えてたら、頭いたくなっちゃった。おまけになんだか気持ち悪いし。少し寝てくるわ。アンタのせいよ、バカシンジ」
 そう言ってアスカさんは、いまだ気絶している哀れなシンジくんに蹴りを入れて、ミサトさんの家に引っ込んでしまいました。
 「おい、どうする?」
 「どうするって・・・とりあえず、センセ、起こさな」
 「起こしてどうするよ」
 「・・・・・・男として情けなすぎる状態やからな・・・挽回の方法を考えてやるんや」


 「で、こうなったわけか・・・」
 ケンスケの呆れ顔にもトウジは気づかず、むしろ鼻高々で、
 「ええアイデアやろ?」
 「もう〜、やっぱりやめなさいよ、鈴原〜」
 3人が言い合っているのは、ミサトさんの家の前、中でアスカさんが休んでおります。そして3人だけじゃなくて、我らがシンジくんもおりますな。
 「で、でも、本当にうまくいくのかな・・・」
 そう言っているシンジくんは、白い経帷子を左前に着込み、頭には白い三角布、
角帽子すんぼうしと言われるものを着けた死に装束、幽霊の仮装でございます。ご丁寧にドーランで顔色を悪く見せております。
 「大丈夫やって、センセ。それにここらで一発、惣流に一泡吹かせとかな、センセ、一生アスカにいじめられるで」
 「う・・・それはヤだな・・・」
 「せやろ? せやから、ワシらも無い知恵絞って協力したっとんねん。さ。ワシらがどんなええ作戦出しても、肝心の主役が逃げ腰やったら、どもならへん。センセ、やるんか、やらんのかい?」
 「に、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・やるよ」
 「よっしゃ。なら行け。心配すな。あいつはお前に死なれるのが怖い言うてた。そこにセンセが化けて出て見ィ。怖がるまいことか。それこそ、座りションベンちびって、アホんなってまうかもしれんわい」
 「鈴原! 品のないこと言うんじゃないわよ!」
 「お、おい、委員長、大声出すなよ。中のアスカに気づかれるぞ」
 「う・・・・・・」
 「さ、行くんや、センセ。男になるんやで〜」
 (碇・・・たとえ失敗しても死に水は取ってやるからな・・・)


 こちらは室内。布団の中のアスカさんは、人の気配を感じ眼を開けました。
 「・・・うん? ちょっと、誰よ?」
 「ア〜ス〜カ〜
 尻を叩かれるようにしてなんとか部屋に這い込んだシンジくんですが、
はらが座りきっておらずアスカさんの名を呼ぶ声も、気が抜けたよう。
 「何よ、バカシンジ。そんな糸より細い声出して、まるで幽霊・・・って、その格好は!?」
 「ア、ア〜ス〜カ〜」
 「ひ、ひいいいいっ!! ア、アンタ、まさか、アタシに恨みを残して死んだとか!?」
 アスカは後ずさります。最初は及び腰だったシンジくんもアスカさんの様子を見て、俄然調子づいて来ますな。
 「ア〜ス〜カ〜、よくもいじめたな〜
 「ひいいいいっ! ご、ごめん、シンジ! 悪かったわ、許して〜」
 「許さない〜
 「じゃ、どうしたら許してくれるの〜」
 「どうしたら・・・えっと」


 「あー、あかんがな、そこで考えたら! 男が女にそう言われたら・・・」
 「言われたらどうだっての、鈴原?」
 「う、いや、その」


 「えっと、仏壇には毎日僕の好きなものを上げるとか・・・」
 「・・・・・・・・・きゃ〜、怖い、怖い、シンジの幽霊、怖い!」
 「・・・う、うらめしや〜
 「怖い、怖い、シンジ、怖い! シンジ、怖いから・・・・食べちゃえ〜!!
 「え、ちょっと、アスカ、何を!? う、うわああああああっ!!」




 「と、いうのが、
一月ひとつき前、ご隠居が入院してから起こったことの大体のあらましでして・・・」
 「・・・・・・で、それからどうなったのかね?」
 「さぁ、それからが大変、あれから3日、ミサトはんが
うちに帰れんばかりか、ワシら皆、同じ長屋にはようおられんことになりまして・・・」
 「どういうことかね?」
 「なんせ、絶えず長屋中が小刻みに揺れるわ、悩ましげな声は聞こえるわ、油断しとると夜昼かまわず時折絶叫が響くわ、おまけに『そん時』の声に混じって『さぁー、責任取ってもらうわよー』『アスカが先に襲って来たんじゃないかあ』『女が寝てるところに幽霊の格好して入ってきたの誰よ!』と、犬も食いよらんような痴話ゲンカが、もう
まるこえで・・・さすがは安普請とみなで感心した」
 「・・・私が貸している長屋なのだがな」
 「へ? あ、こ、こりゃ、どうも」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・あ、その、そいで、みんな知り合いんとこに避難してたんでっけれども、3日経ってからようやく、出入りの魚屋が、『どうやら嵐は去った』と
おせてくれたんで・・・戻ったところ、出っくわしたんが、姐さん被りに襷掛けで、井戸から釣瓶で水汲んでる惣流でしたんや・・・もう、なんか、それまでとは違った色気があるっちゅうのか、変に艶々つやつやした顔して『あら、鈴原、久しぶり』なんて・・・ワシ、あいつと付き合いなごおまっけど、ああいう風にやりこ〜く挨拶されたこと、あん時まで一遍もあらしまへんで。女って、変わるもんでんなぁ」
 「それで、シンジくんは?」
 「へぇ、男と女は違いまっさかいな・・・それでワシも聞いたんですわ。『センセ、生きとるか?』て。そしたら『あ、うちの宿六?』」
 「宿六?・・・」
 「そいで、長屋の奥ゥ声かけて『ちょっとー、ねぇー、バカシンジー、お
まいさーん』」
 「・・・・・・・・・」
 「そんで出てきたセンセの姿が、目の下にでっかーい隈ぁこさえて、頬もゲッソリこけて、
顔色かおなんかも真っ白けで、ドーランが汗で流れてしもたあるのん、最初分からなんだ程でんがな。角帽子すんぼうしと白装束はそのままやったから、まんま幽霊の風情・・・」
 「まさか、本物だったんじゃないだろうね」
 「足が付いてへんかったら、ワシもそない思いましたろうなあ。せやけど、その足でワシの方に歩いてくる足取りっちゅうのが、まるで宙を踏むような感じでフワフワー、フワフワー。ようまっすぐ歩けんもんでフラフラー、フラフラー。フワフワー、フラフラー、フワフワー、フラフラー。『おい、センセ、そっちゃ溝や。こっち、こっち』。そしたら、こっち向いて一歩踏み出したはええけど、今度は反対の方にフワフワー、フラフラー。壁にデボチンをゴツーン。正気やったらそこで止まるんやろうけども、あきまへんねん。目ェ覚まさんでゴツ、ゴツ、ゴツ。『センセ、そりゃ、壁やて。ほれ、鬼さん、こっち。手の鳴る方へ』。そしたら、センセ、うつろな目ェして、グリ〜ッてこっち向いて、壁から離れてフワフワー、フラフラー。『ああっ、センセ、危ない! 溝ーっ!!』って、言うたが遅かった。ドッ、ボーン。溝から上がっても、右へフラフラ、左へフラフラ。壁当たりかけたり、また溝に落ちかけたり、その
たんびにワシが声かけて、一本道の長屋の軒先、ポタポタ落ちる雫で『く』の字ようけ書いて、ようやくワシんとこまでたどり着いた」
 「長い道のりだったようだな・・・幸い、今はだいぶよくなってるみたいだが」
 「あれから
一月ひとつきでっしゃろ。いくらなんでも、センセも慣れる、惣流も落ちつくで、お互い丁度ええところに収まったようですわ」
 「ふむ、それで私の退院を待って、正式に祝言を、と」
 「いやー、引っ付くんと盃交わすんが
テレコになってもたもんで、本人ら、恥ずかして、よう顔出しまへんねん。せやから、こうしてワシがご隠居にお願いに上がった次第でんねん」
 「大体のことは分かった。しかし、なぜ、祝言が四組一遍なんだね?」
 「・・・そ、それはその、惣流のまねをしたんがおったわけでして・・・既成事実さえ作りゃ、あとはこっちのもんとばかりに、それぞれ思い思いの方法で・・・」
 「葛城三佐は加持君を、赤木博士は碇を、レイは渚カヲルを、か・・・シンジくんとアスカをいれて四組だが、どうも数字がな・・・なんとか、時期をずらせんものか」
 「あ、心配おまへんで、ご隠居。もう一組ありまっさかい」
 「何?・・・まさか」
 「へっへっへ、ワシもイインチョに捕まりましてん」
 これを聞いてご隠居、天井を振り仰いで長大息し、一言。
 「女は怖い・・・」

 お後がよろしいようで・・・



 後書き
 これがどういう世界かと申しますと、まあ、すべてが終わった後、ほぼ全壊した第3新東京市で、ネルフの規模も権限も縮小されており、ネルフ関係者は取りあえず最低限の生活は保障されているもののあまり贅沢もできず、機密と保安の関係もあってボロボロの第3新東京市を離れられないまま、冬月が税金対策で建てた長屋が運良く残っていたのでそこに間借りして、新たな生活を始める前の充電期間のような穏やかな停滞の日々を送っている、ぐらいにお思い下さい。ヒカリが委員長をしている私塾があるのも、第3新東京市を離れられないネルフ関係者の子女の教育のためです。

 トウジの言葉遣いは、上方落語の言葉に近づけたつもりですけれども、私は神戸出身で、京都にはのべ3年いましたが、大阪には住んだことがありませんので、大阪弁としてみた場合、きっと誤りがあると思います。『ここがおかしいで』というご叱正のお手紙、心よりお待ち申しております。

 こちらへの投稿を通じて知り合いになれた畏友に、北村薫の探偵小説を紹介されたのですが、それらの作品で探偵役を演じているのが落語家なんです。書いているときは意識しませんでしたが、何か影響しているのかもしれません。結局、セリフ以外の地の文が多くなりすぎ、落語としては成立していませんが、今後も機会があれば挑戦してみたく思います。

 最後になりましたが、この場を借り、その畏友に感謝の言葉を送らせていただきます。
                                      無名の人


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