【超重量(ヘビー)級恋愛事情】

作・何処







今日は僕の誕生日だ。

父さんからは『いつまでも“僕”は止めろ』と言われるけど、彼女からは“僕”で良いと言われている。

 父さんと彼女…普通どっちを取る?

て言うか一回彼女に“俺”って言ったら爆笑されて結構傷付いたのは内緒の話。

おっと、話が逸れた。
そう、僕の誕生日の話だ。

 今、僕は彼女の命令でチーズとバケットにシャンパン入りの買い物袋を提げて彼女の住むマンションの一室へ向かって歩いている。

 今頃彼女はオーブンレンジの前で悪戦苦闘…いやいや、流石に最近は滅多に失敗しないから…奮戦中の筈だ。

 そんな事を考えている内にふと思い出したのは焦げたスポンジに生クリームを塗りたくり上に何故か丸々一本バナナがのっていた手作りバースデーケーキ。
そう、僕達2人が正式に付き合い出して最初に彼女が作ったケーキはそんなだった。

…そうだ、あのケーキを食べてからもう四年だ…て事は彼女ともう四年付き合っている訳か。

僕と彼女は結構長い付き合いだけど、間に少しばかり長い空白期間があった。

 僕と彼女、二人が14歳の時、世界は使徒って存在の侵攻に遇った。
小さい頃に母さんを亡くし父さんから遠ざけられていた僕は当時先生…あ、つい癖で“先生”って呼んじゃったけど、要は僕の叔母…母さんの妹に預けられていたんだ。

 実は父さんと母さんはこの“使徒”って奴を追い払う為の機関を設立する仕事をしていて、母さんはその仕事のせいで死んでしまい、仕事のトップ…つまり責任者だった父さんには僕を養う事に割ける時間が無かった。

 簡単に言えば父さん独りでは子供…つまり僕の面倒を見切れないんで身内に世話を頼んだって事。

…まぁ今ならその状況も理解出来るけど、当時の…幼かった頃の僕には無理だった。
 だって僕その時4才だよ?分かる訳無いよ。

 だから先生に預けられた時には正直父さんに捨てられたとしか思えなかったんだ。

ところが僕が14歳の時、状況が激変した。
僕は突然父さんに呼び出されて第三新東京に向かい…それはまぁドラマどころじゃない程の波乱に満ちた時間を過ごす事になった。

 あの一年にも満たない濃密な時間は未だ鮮明に脳裏に浮かぶ。
嫌な事、辛い事、悲しい事も多かったけど…あの時彼女と巡り合えた必然的な奇跡が“今”に繋がっているとなれば是非は兎も角あの“過去”って事実を認めるしか無い。

でも、あの“使徒”って一体何だったのだろう。

 詳しい事は未だ僕自身良く解らないんだけど、父さんの説明によれば世界ってのは幾つもの可能性によって成り立っていて、僕らの居るこの世界の周りには可能性と確率の分、つまり無限に近い程無数の平行世界が次元と時空を跨いで存在しているそうなんだ。
 で、使徒ってのはその平行世界の可能性そのものだと父さんは説明した。


…ごめん、僕自身話の中身を正直な所良く判って無い。

 と言うか僕にはさっぱり理解出来ない話なんで唯父さんの話からどうにかニュアンスを意訳して聞き返してみたら“概ねそんな所ね”とリツ…義母さんが言ってくれたから多分大筋はそうなんだと思う。

 “全ては南極でSS機関を動かしたのが原因だ”と父さんは言った。

SS機関って“使徒”や僕の乗ってた巨大ロボットにも積んでたらしいんだけど、動かし方が解らないんで態々外部電源から電気コードを引っ張って動かしていた…掃除機みたいに。
自分達で作っておいて動かし方が解らないってのも変だよなと思って父さんに聞いてみたんだ。

 父さんの説明は要約すればこうだった。

 信じられないけど遥か昔、そのSS機関を開発し動かしていた文明があって、エヴァンゲリオン…僕の乗っていた巨大ロボット…は、その文明が残した遺産のコピーだったらしい。
科学技術なんかあんまり高度過ぎて未だ解明出来てない事が多過ぎる位有るって父さんは言っていた。

 最もその文明はSS機関のせいで現れた使徒に滅ぼされてしまったそうだから、実は今の僕らとあんまり変わらなかったんじゃないかと思ったけど。

 そう、SS機関は使徒を呼ぶんだ。
何でもSS機関ってのは世界の卵…つまり平行世界の可能性そのものらしい。
SS機関を動かすって事は他の世界の可能性をエネルギーとして盗むって事で、それを止めさせる為“自然が産み出した抑止力が実態を持って出現した存在”ってのが“使徒”なんだって。
“つまり稼働するSS機関の数だけ使徒は現れる”と父さんは言った。

 その“SS機関”ってのが南極に眠っていて、それを調査中に研究者が偶然動かしてしまったら眠っていた“使徒”まで目覚めてしまい、その結果…

 そう、あの南極一帯を亡ぼしたセカンドインパクトこそがその結果だった…らしい。

 最もこの説明が本当かどうかは僕は知らない。
只、父さんは多分何か都合の悪い事を隠して事実の一部しか説明してないって事は知っている。

 …だってその“使徒”は…使徒の1人は…僕の友人だったんだから…

 彼の事を僕は決して忘れない。
彼を“使徒”として倒したのは僕だ。
僕がこの手で殺めたんだ。
“僕を消してくれ”と最後まで笑っていた彼の事は多分一生胸の奥に仕舞っておく事になるだろう…

 そこまで考えた時、携帯が鳴った。

…はいはい、ドライチェリーとコーラね、了解…。

 どうやら彼女の奮闘は未だ続いている様だ。
言外のニュアンスから後30分は帰って来るなと言う意図を汲み取って…僕も進化したもんだ…僕は近場のスーパーへ進路を変更した。

 僕と彼女の出逢いは遥か太平洋上だった。巨大ロボットのパイロット同士として。

短くも激しい時間を共に戦友として過ごした僕らは…幼さ過ぎたんだろう。
そう、お互いが自分の都合しか見てなくて近付けば近付く程唯傷付け合うしか無くて、それでも近付き合うしか無い程僕も彼女も幼かった。

 外観も中身も子供の僕らはお互い自分の事で手一杯で相手を思いやるなんて出来なかったんだ。

 だから戦いが終わり、僕と彼女は一度は修復不可能な程に仲違いして決別した…
そう、縁切りと言えるほどの断絶から決定的な離別をした筈の僕と彼女が何故今こうして親密な…
(いわゆる所のつまりあれだ、相合い傘したり手を繋いで買い物したり何かと言えばお互いの部屋へお泊まりし合ったりする)
…お付き合いを交わす仲になったのか、当時を知る人達は未だに不思議がっている。

 思い返せば彼女と再会をしたのは僕が大学の受験を控えた18の秋だった。

 今でも覚えている。あれは夜中、参考書片手にだいぶ落ちた視力から手放せなくなった眼鏡を掛け直し、苦手の数字の方程式との格闘戦を再開しようとしていた時だ。
点けっぱなしのラジオから流れた緊急速報はユーロでの航空機事故を伝えていた。

その瞬間だった。

僕の頭の中はあの青い瞳と赤み掛かった金髪の女の子で占領されてしまったんだ。

 最後には顔も合わせずに別れたあの娘の体温が、吐息が、薫りが、怒号が、泣き顔が、笑顔が、それこそありとあらゆる記憶が一瞬の内に蘇って万華鏡の様に、走馬灯の如く、曼陀羅と化して脳裏を占めて


気付いたら僕はベルリン空港にいた。


 よく憶えて無いが何でも僕は義母さん…あ、当時は未だ他人だった…に、彼女の連絡先を猛烈な勢いで聞いて直ぐその場から彼女の家…つまりドイツへ電話を掛け、暫しの通話の後ドイツへ向かうと告げてそのまま家を出て行った…らしい。
 後でその話を聞かされて『“止も絶ても堪らず”ってこう言う事か』と当時は思ったんだ。
でも実は“矢も盾も堪らず”が正解だって知ってこっそり赤面したのも僕の恥ずかしい秘密の一つだ。

ま、まあ其れは兎も角。

 現実を認識して途方に暮れた僕に声を掛けたのは見慣れた懐かしい髪型の女性だった。

 彼女が空港へ迎えに来てくれてたんだ、あんな酷い別れ方をしたのに。
思わず彼女を抱き締め無事を喜んだら…あれだ、例によって馬鹿にされたよ。懐かしい台詞で。
 最も、赤い顔で涙ぐんだ青い瞳を真っ直ぐに僕へ向け、泣き笑いの表情と震える声で途切れ途切れの台詞だったから迫力はなかったけど。

 ま、そりゃそうだ。飛行機がたまたま彼女の国で事故…それも怪我人しか出なかった…を起こしただけなのに、しかもその飛行機に乗ってもいない彼女を心配して4年も会ってない相手が文字通り飛んで来れば正しく“あんた馬鹿ァ!?”だろう。

 大体電話で声聞いて無事は確認してただろうに、何で僕はすっ飛んで行ったんだろうね。
幾ら罵倒されても返す言葉など無いじゃないか。
“はい、その通りです”と思わず答えちゃったよ。

…幸い殴られなかったけど…


 そしてこの話にはオチがある。

後先考えず飛んで来た僕の財布の中身はかなり軽くって、宿代や生活費の為こっそりアルバイトする羽目になった。
挙げ句には、実状を知った彼女の命令で彼女の家…彼女は当時ベルリンで独り暮らしをしていた…に暫く厄介になるなんて情け無い体たらくを晒す事になって。

 旅費を持った綾波…あ、今は碇か。義妹のレイが迎えに来なければ僕は向こうに永住する羽目になってたかも知れない。

で、帰国した僕が遅れた受験勉強に悲鳴を上げてる最中に彼女が日本に来たんだ。

…父さん、パイロットに給料や搭乗手当てが支給されてたなんて僕知らなかったよ…しかも何で僕だけ20歳まで下ろせないのさ…

 にしても、彼女が日本に永住すると言って来た時には流石に驚いた。
…いや、嬉しかったよ。でもまさかって半信半疑で思わず聞き返したら…泣かれてしまった。パンチ付きで。

 でも…君に“私を捨てる気!?”だなんて言わないで欲しかった。
そんな訳無いだろ?だって君の家で僕は君と約束したじゃないか、もう放さないって…

 …彼女の家で過ごしたドイツでの最後のあの1週間、僕らは文字通り離れなかった。朝も昼も夜も。

そんな事を思い出しながら僕は泣いてる彼女に“今だって僕は離れたく無い、放さない”って言って思わず抱き締めてたんだ。
そうしたら彼女は耳まで真っ赤になって僕を“この馬鹿エッチ変態スケベ!”と散々罵倒したんだけど…

ま、そんな事も今じゃ懐かしい思い出だ。

…最も抱き締めた後は当然続きもしたんだけど、彼女には特段拒否もされず…ここだけの話寧ろ積極的に…受け入れてくれたし…

ゴホンゴホン!

 さて、頼まれたドライチェリーとコーラも買い足したし、時間も頃合いだ。そろそろ彼女の待つ部屋へ向かうとしようか。
多分今頃は彼女の健闘した結果が…出来は兎も角…待っている筈だ。

てな訳で僕は鼻歌混じりに両手に買い物袋をぶら下げ、のんびりと僕を待つ幸せに向け歩いていった。



…そして翌日。



キスマークを付けた真っ白なお尻を僕に向け、ワイシャツ一枚の彼女がキッチンで珈琲を淹れている。
僕の目の前には半分以上残ったホールケーキ。

 半裸の彼女と全裸の僕は二日酔いの頭を抱えながら前日の残りのケーキを胃袋へ流し込む作業に朝から勤しんでいた。

…流石にホールを二人で片付けるのは厳しいんだが、彼女曰く“これはアンタだけの為の物なんだから他の人にあげちゃダメ!”だって。

幸いケーキ自体は“大”は付かないけど成功作で美味しいんだけど…

重い、彼女の愛と僕の胃が。

幸せって…重い。



《終》



―祝辞―
碇シンジ君誕生日おめでとう。

―御礼―
この作品を上げるに当たり、『止も絶ても堪らず』のフレーズを使う許可を下さいましたリンカ様へこの場をお借りして感謝を捧げます。
有難うございました。


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