【 NEED YOU 2 −週末少女−】

作・何処







6時きっかりの目覚まし時計の合唱を1フレーズ中に全て沈黙させる事に成功した私は、何時もの低血圧が嘘の様に…あ、いや、普段よりは大分マシな程度に…掛け布団からの離脱を無事果たした。

パジャマのままベッドに腰掛けて眺め上げた壁のカレンダーの赤い三重丸中には今日の日付…そう、間違い無く今日。
カーテン越しに差し込む朝の日差しは今日の天気を昨夜何度も確認した予報通り保証する様に明るい。

今日も…晴れ!

徐々に上がる血圧と共に沸き上がる感情のまま私は思わず枕元のゲデヒトニス…子供の頃からの私のパートナーたるお猿のぬいぐるみを抱き締め、再びベッドにダイブしていた。


「ふふふ…うふ、うふ、うふふうふふふっえへえへえへえへへへっ!やったわゲデヒトニス晴れよ晴れ今日は晴れよ!」


ベッドの上ゲデヒトニスを抱いてゴロゴロ転がりながら私の笑いは止まらない。


「んふ〜♪あーんどうしよゲデヒトニス、今日は晴れちゃったしもうどうしよ♪」


我ながら意味不明な台詞を吐きながらふと時計に目を…もう6時15分!?

慌ててゲデヒトニスにキスをして枕元に行儀良く座らせ、私は少し慌てながらパジャマを脱ぎ、着替え片手に階下へ向かった。

歯を念入りに磨き、何時ものシャンプーで髪を洗い、とっておきの石鹸をボディスポンジに泡立て爪先まできっちり磨き上げてシャワーの蛇口を捻れば40℃の水滴が私を叩く。
泡が肌を滑り落ちて行く心地好い感触にうっとりとしながら十分に身体が暖まった所で(ママの)コンディショナーで柔らかく髪をマッサージ、入念に髪を濯ぎ、シャワーを止めて脱衣場へ。
さて、今度はお肌と髪の手入れだ。火照った頬にたっぷり乳液を刷り込み、弱ドライヤーと櫛で猫っ毛な我が毛髪を傷めないよう慎重に時間を掛けてふわふわにセット、うん!完璧!

バスタオルを解いて二日前から選びに選びぬいた下着を身に付け…ううむ、未だ女と言うより女の子な自分の体型がどうしても下着のチョイスをデザイン的に大人の色っぽさより可愛さに走らせてしまう(と言うよりそれしか無い)のは少し悔しい…

で、でもまあべ、べ、別に今日ああああのバカにみみ見せる訳でも無い筈だしいいい…っと!
あ、危ない危ない。又妄想で時間を潰す所だったわ!
さて、それではお待ちかねこの日の為に準備した赤いワンピース!
ふっふっふ、これこそ私に相応しい勝負服だわ!

…ってべ、別にそ、それ程勝負とか…

ふるふると首を振る。

そうよ!私は認めちゃったんだから!あのニブチン天然バカが好きだって!



あの日、映画のチケットをシンジから受け取った私は正直どうやって家に帰ったかすら覚えていなかったりする。
て言うか家族と夕御飯を食べて宿題を済ませ(…これが謎なんだけど…)入浴して部屋に帰った筈なのに、何も記憶に無い。

気がついた時には既に私はパジャマに着替えていて、ベッドに横になりながら天井を眺めていた。


…夢?


ふらふらと起き出し、衣紋掛けに吊るしてある今日使った筈のポシェットを開け中をまさぐり…

…無い…

やっぱり夢か…

変な夢だったと再びベッドに向かおうとして、私は急に思い出してしまった。

「大切な宝物は…」

鍵のかかる引き出しに仕舞う、映画のチケットだからお財布に入れて、日付を忘れないようにカレンダーに…

振り向く先、壁から吊るされたカレンダーには赤い三重丸が…


「嘘…」


慌てて机の引き出しを鍵の掛かったまま開けようとして更に慌てて鍵を探し、やっと見付けた鍵片手に何度かの挑戦の後鍵穴に鍵を差し込む事に成功し、深呼吸して鍵を解除。
恐る恐る開けた引き出しの真ん中には去年おば様からイタリヤ土産に頂いた有名ブランドのお財布が鎮座していて

何度かの躊躇の後、再び深呼吸してから手に取って開いたお財布の中には…


泣いた。夢じゃ無いと実感した途端、声も無く泣いた。


嬉しいとか、そんな事じゃ無くてなんかこう、色んな感情が込み上げて来て溢れ出した。

流石に解った。と言うより心のどこかに隠れていた何かが漸く姿を現したみたい。


「…好き…」


一言零れた言葉、その台詞が自分の耳から脳に伝わり、複雑な化学反応や神経伝達が更に私の中で起こり、そして


「シンジ…好き…」


私は陶酔と言う日本語の意味を初めて理解したのかも知れない。
胸の苦しさと高揚する行き場の無い感情が涙腺を止めどなく刺激し、ポロポロと落ちる涙。

堪らずその場に座り込み、チケットの入ったお財布を抱き締めて泣きながら、私は同じ台詞を繰り返し呟いていた。



そして、今

鏡の中では赤み掛かった金色の髪をした青い瞳の女の子が薄いピンク色のリップクリームを熱心に塗りながらあちこちをチェックしている。
ママから借りた香水を掛けたハンカチーフはお財布やエチケット用品と共に昨日からポシェットに入ってる。

首に掛けた金色のチェーンの端には瑪瑙を彫り込んだアフロディーテのペンダント…これはパパのギリシャ土産。

耳朶には小さな青い石のイヤリング…これはママのお下がり。実は紫水晶のピアスが欲しかったんだけどママは私にピアスは未だ早いって言ってこっちをくれたの。

そして腕時計
そう、去年私の誕生日にシンジがくれた腕時計!

大切な事だからもう一度言うわね。

去年私の誕生日にシンジが私にって渡してくれた腕時計っ!!

念の為もう一度言っておくわ。

去年私の誕生日にシンジが私の為にって直接手渡しでプレゼントしてくれた腕時計ーっっ!!!


…ってもうこんな時間?


未だ約束の時間よりはかなり早いが、それでも私が考えてるより時計の針の速度は速かったようだ。


…何時もの休日なら絶対未だ寝てるよね。今朝は早起きしてて良かったぁ…


もう一度鏡の前で全身をチェックして満足し、一階に下りればお味噌汁の匂い…


「おはようアスカ、今朝は随分早…あらあらあら…どこのお姫様かと思ったわ。」


ひょっこりキッチンから首だけ出してママ登場。


「別にいいでしょ、…今朝も納豆?」

「ええ、パパのいない時ぐらい好きに思いっ切り食べさせて貰いましょ。美容と健康に一番良い食事はなんたって和食の朝ご飯なんだから!」


杓文字を握った手が現れガッツポーズを取る。

最近漸く引き割り納豆なら食べられる様になったパパの引き吊り気味な笑顔を思い出して“納豆食べない人って絶対人生損してるわ”と思いつつ…チッチッチ・外見に惑わされてはいけないわ。私は納豆好きなのだ…食卓へ向かおうとして、私は今日の予定を思い出してしまった。


「…あたしパス〜…」

「え?」


ポカンとしたママの表情に、思わず“デート前に納豆食べられる訳無いでしょ!!”と口走りそうになり、慌てて横を向いて『今朝は納豆って気分じゃないの』と誤魔化す。

そうよ、危険要素は予め排除し避けねばならないわ!じゃないとヒカリみたいにカレー味のファーストキ…っていやいやいや!あのその、いやいや違う違う違うの違うのよ違うんだからそんなんじゃ…

…じゃ…


…えと…その…


…ま、まぁち、一寸はその…


そんなアタシの様子にママは杓文字で口元を隠しながらミサト先生みたいなイヤらしい笑みを浮かべた。


「あらぁ…アスカちゃんが和食の朝御飯パスですってぇ?あーんなに美容美容って言って納豆食べてたアスカちゃんがぁ〜?」

「いーじゃないのよ別にぃっ!」

「まー怖い怖い」


棒読みの台詞を残し慌てたように壁の向こう…キッチンに引っ込んだママの姿と向こうから聞こえるクスクス笑うママの声。
痛い程感じる覗き見してるママの視線を無視して(…かなり自分の顔が熱いのも気付かない振りで…)私はズカズカとリビングを横切りキッチンの冷蔵庫からカロリービスケットとミルクのパックを取り出し、その場で直接胃袋へ流し込んだ。


「あらぁ、お行儀悪いわねぇ…」

「モグモグモグモグゴックン…悪いけど今朝は忙しいの!もう出掛けるからね!」


又ひょっこり顔を出したママの愚痴を一言で切り、空の牛乳パックとカロリービスケットの包装をゴミ箱に投下して私は彼の家へ向かうべく廊下を玄関へ向け歩き出した。


―――


「行ってきまーす♪」

「はいはいいってらっしゃい…プッ!なぁにが忙しいんだか…クスクス…」


跳ねる様に玄関を出て行く娘の背中へ声を掛けた後、クスクス笑いながらキッチンへ引き返すアスカの母親、キョウコ・ラングレー。

見た目日本人の血が通ってる様には見えないが彼女はゲルマン系アーリア…ドイツ人の母と日本人の父の間に生まれている。
しかしながら彼女は日本に生まれ日本で幼少時を育ち…いわば中身は普通の日本人だった。

鼻歌を奏でながらキョウコは朝食の支度をする。
朝から手の込んだ和食料理で朝食を頂く習慣は朝から料理する事自体珍しがられた欧州の留学先でも変わらずに続き、その苦労はかなりのものだった。
最も、キョウコと彼女の夫を結び付けたのは大学で友人達と開いたパーティの最中ルームメートに請われて彼女が作った焼きおむすびに大根とジャガイモのお味噌汁だったりする。が、それは又別のお話。


閑話休題


さて、炊きたてご飯にワカメと豆腐の味噌汁、焼鮭と浅漬けの並んだテーブルを前に、さっきの愛娘の様子を思い出しながら納豆を箸でかき混ぜているキョウコ。
親の欲目を除いても間違いなく美人候補生的美少女な愛娘の半分拗ねながらも隠しきれない程嬉しそうな、膨れっ面の癖に上機嫌な表情を思い出して一人笑っていた。


「そっかー、あの娘もいよいよそんなお年頃かぁ…でもなぁんかママは寂しいわぁ…赤ちゃんの頃なんかもー天使みたいに可愛くってちっちゃくって…」


納豆を撹拌していた箸を止め、回想に耽るキョウコ。


「アスカを産んだ時は“もうこんな思いは嫌、子供は一人で沢山!”な〜んて思ってたけど…もう一人作っちゃおうかしら…」


あらぬ方向を見上げ何やら呟いていたキョウコがふと我に還り、かき混ぜていた納豆を眺めた瞬間、彼女は自分の大きな…彼女にとってはとてつもない程の…重大なミスに気付いてしまった。


「あ、いっけない!納豆にお葱入れるの忘れてたわ!折角刻んだのに勿体無いモッタイナイ…あ!そうだついでに生卵もっとぉ。」


アングロサクソン系アメリカ人たる彼女の夫は多分の例に漏れず生卵に拒否反応を示す。
旦那の居ぬ間のささやかな贅沢、その発想にウキウキしながらキッチンに向かうキョウコの脳裏には納豆卵かけご飯の姿が浮かび…もう彼女の思考はほかほかご飯と刻み葱入り納豆に生卵の姿だけに占拠されていたりする。


次に彼女が今朝の愛娘の浮かれっぷりを思い出してクスクス笑ったのは、鼻歌混じりに朝御飯を(お代わりして)食べ終わり食後の一服に急須で淹れた緑茶を頂いている最中の事だった。


―――


晴れ!快晴!素晴らしく良い天気!
快晴の下、私の心も快晴だ!
しかも今日はシンジと映画!
女の子と映画見て食事なんてデート以外何者でも無いって訳だし、これは間違いなくデートなのよ!


「シンジと…」


キャー――ッ!?!だ、駄目ーっっ!は、恥ずかしくて“デート”って口に出せないー――っっ!!

…デート…よね…


「…エヘヘッ…」


気付けば私は鼻歌を奏でながらステップして歩いていた。少し恥ずかしかったけど、人目も無いし、止める気にはならないのでそのまま歩いていった。



赤いワンピースに身を包み、昨日買ったミュールを履いてエチケット用品とチケット入りのお財布が入ったお気に入りのポシェットを下げ、赤み掛かった金髪を揺らし跳ねる様に少女は歩いている。



迎えに来た少年との出合い頭衝突事故発生まで後2分…



《終わり》


―――


―後書き―


どーも、何処です。
実はこの作品、たまたま聴いた初音ミクの曲『Weekender Girl』を何度目かに聴き直していた時、何かが舞い降りて来て途端に筆が(いや、筆使って無いけど比喩って事で)走った結果だったり。

…それにしてもこの“ボーカロイド”ソフトウェア、一体どれだけの世に埋もれていた才能を発掘したのでしょう…恐るべし。


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