【 NEED YOU 】

作・何処


【 NEED YOU 】

「む〜…」

私の目の前で寝転ける中性的童顔鈍感少年。
いつもなら躊躇無く布団を剥ぎ取り叩き起こす所だ。
そう、いつもなら…

「…ムムゥ…」

…何故にこの私が唸りながら躊躇しているのか?当然理由はある。それも複数。

一つは本日は休日だと言う事。
何故休日に私がワザワザこの馬鹿を起こしに来たのかって?

それにも当然理由が有る。やはり複数。

一つは学会にご夫婦で出席なさるおじ様とおば様…つまりこの馬鹿のご両親から、お留守番兼息子…そう、今私の目の前でぐっすりと寝ているこいつ…の面倒見を頼まれたからだ。

「…ムムムゥ〜…」

え?自分達の息子がいるのに何故他人に留守番を依頼するのかですって?

…この馬鹿のグウタラぶりを知らないからそんな悠長な事言えるのよ。

大体普段から自分から何かをしようなんて意欲すらないこいつが親が留守なんて事になれば家に平気で土日籠りきりになる事は目に見えてる。それもベッドから動きもせずに。
大体ねぇ、休日昼過ぎにアタシが遊びに来ても『休みぐらいゆっくり寝させてょお〜アスカぁ〜…』などと宣うこの馬鹿は放っておけば平気で夕方まで寝こけてる。間違い無く。
つまり横着者なのだこいつは。

元来低血圧気味で朝が弱い私(いや、本当なんだから)が、何故にこいつの事を起こさなければならないのかと自問自答する時が侭有るのは致し方無いだろう。

…何よその目は。

じゃあ例えば…そうね、今朝の流れを追ってみようかしら。大体いつもこんな感じだから最早日常ね。

朝6時、室内灯が自動点灯し、オーディオからボレロが流れる。
6時10分、目覚まし時計MKー1作動、5分以内に私の左手により停止。
6時15分、目覚まし時計MKー2作動、5分以内に私の右手により停止。
6時20分、目覚まし時計MKー3作動、停止させるべく手を伸ばし届かずベッドより落下し目を覚ますのが23分頃。
6時30分、寝惚けながら入浴。朝シャンで目を覚まし、猫っ毛気味の髪をたっぷり時間を掛けて綺麗にセットし終わる頃には、時間はもう7時20分だ。
ママ特製の少し酸っぱいパン(パパの大好物なの)を牛乳で流し込んで、こいつの家…つまりここまでダッシュで5分。
玄関前で呼吸と身だしなみを整え、チャイムを押すのが7時28分。
そしておば様から預かった合鍵を使ってドアを開け、こいつの枕元に立ったのが7時30分…今から5分前だ。

つくづく思うのは、この馬鹿は私の世話焼きが無ければ一体どうなるかと言う事だ。
こいつに日常生活能力って実は無いんじゃなかろうかと私は密かに思っている。
ま、我ながらお節介だとは思うが、そんな疑念を持たざるを得ないこの馬鹿の日常生活態度を知っている私がつい不安を抱いてこいつの面倒を見てしまうのは仕方が無い事なのだ。うん。

だから私はこうして今日もこいつの所に来ている…そう、幼なじみの腐れ縁で已む無くこの鈍感天然馬鹿を世話している筈だったのだ…あの転校生が来るまでは。

…はっきり言えばあの蒼い髪の転校生は、私の癇に障る。

『あんたこのパンツ覗き魔の何!?』って、アンタが勝手にこの馬鹿に突っ込んで転けた挙げ句晒したんじゃない!

…コホン。

ま、まあ其は兎も角、私は改めてこの馬鹿との関係を認識しようとし…して…

し…て…

その…



な、何と言うかその…つまり…わ、ワザワザ朝から気合い入れる理由ってのが…ひ、ひょっとしたらひょっとしてもしかしたらもしかしてもしかすると…

ま、まさかぁ!?だ、だってこ、この馬鹿よ?あ、アタシの好みはお、大人の魅力よ!
こ、こんな童顔じゃ無くては、俳優の加持さんみたいな大人っぽくてこいつとはに、に、ににに似ても似付かない人ががが…

…こ、こほん。

ま、まあそれはともかく。
ゲンドウおじ様から留守番を頼まれた私はこいつを起こして朝ご飯を食べさせ、9時までに身嗜みを整えさせてあの転校生との約束をこいつに履行させなければならない。

…しかしなんでアタシがこいつにあの転校生からの映画のチケットを渡さなければならなかったのかが、先ず判らない。

…いやまぁ、私が引き受けただからなんだけどさ…

大体あの喧しい娘が

『こないだパンツ覗き魔なんて呼んだお詫びなんだけど、面と向かっては流石に恥ずかしいのよ〜』

なんて赤い瞳潤ませるなんて萎らしい姿見せるのは反則ね!
そんな姿を見て『まっかせなさぁい!』と安請け合いしたのは私だし。

…はぁ。

しかも『僕絶対寝坊するよ!』なん言う馬鹿に『しっかたないわねえ!アタシが起こしに行ったげるわよ!』って発言まで…

…はぁ〜、私は一体何を考えているのだろう。

自分の事ながら良く判らないのだが、まあ約束は約束だ。約束は守る。

さてと…そろそろこいつを起こさないと…しかし何とまあ安らかな寝顔だ事…

「…クスッ」

…アンタ、あの転校生との約束覚えてるんでしょうね?まあいいわ。アンタの寝顔見る特権は暫くはアタシの物だしね。映画くらい多目に見てあげましょ。

…さて、時間はもう8時…
ここで私はこいつを起こせないもう一つの理由に思い当たり…赤面する。

その…この間見ちゃったの…

あれ…

じ、,事故よ事故!だってあんまりこいつが起きないからつい何時もの通り掛け布団を剥ぎ取り…

最っ低で最悪。

…もう絶叫よ絶叫。何が男の生理現象よ!アタシの生理痛の酷さからすればそんなの…の…

でも…

お…男の子って…あ、あんなになるんだ…
そっか、こいつも男の子なんだぁ…

って感心してる場合じゃ無い!早くこの馬鹿をお、起こ、こ、こ…


「…ンムムムムム〜…」


う゛う゛…で、でもま、又見たら嫌だし…でもこいつ半端な事じゃ起きないし…

「あ。」

その時、私はこいつの枕元に転がるある物に着目した。

「♪チャ〜ンス♪」


◇◆◇


「ひ、酷いやアスカぁ…」

…私の目の前でぼやく馬鹿にトーストを渡しながら私は答える。

「良いじゃない、無事起きれたんだし。」

そう宣言して珈琲にたっぷり砂糖とミルクを入れる私。それを見て顔をしかめる馬鹿一匹。別に良いじゃないこれはアタシの珈琲なんだし!
意外な事にこいつは珈琲をブラックで飲むのだ。

「そりゃそうだけどさ…SーDATAの音量最大で起こすのはこれっきりにして欲しいな…」

ぶつぶつ呟きながらトーストにバターを塗る馬鹿。

「ならちゃんと一人で起きれる様になりなさいよ!大体デートに間に合う様に朝起こせなんてアタシに頼む時点で」「ブハッ!?」

「!キャー―ッッ!!な、何よ一体!?!」

か…回避成功…あ、危なかったぁ〜…にしても何吹き出してんのよこいつ…

「何よぉもーきったないわねー!いきなり何噴いてるのよ本当やーねー。」

お勝手へ布巾を取りに席を立つ。

「ゲホゴホゲホゴホゲホゲホッ!デ、デ、デートって一体何の事!?」

…へ?

「はぁ?女の子と映画見て食事なんてデート以外の何だって言うの?」

「ゴホゴホ…あ、あのさアスカ、綾波は只この間のお詫びにって映画に」

…駄目だこりゃ。

布巾を絞りながら馬鹿に答える。

「はぁ…あんたは本っ当〜に馬鹿ねー、馬鹿以外何者でも無いわ、言わば超の付く馬鹿。つくづく馬鹿、スーパー通り越してウルトラ馬鹿よ。」

「酷っ!?五回も馬鹿って言った!!それもウルトラまで付けて!」

持って来た布巾でテーブル上を拭く私。

「実際馬鹿なんだから仕方無いわね。あんたがどう思おうと端から見れば立派なデート以外何者でも無いわよ。」

「え?ええ!えええええ〜〜〜ッッ!?!」

何驚いてるのよ…やっぱりこいつは馬鹿ね。

「ま、頑張りなさい。あんた相手にデートしてくれる物好きなんてもう現れないかも知れないんだから。」

「ちちち一寸待ってアスカ!デデデデートってあのデートぉ!?」

「?デートに“あの”も“この”も無い筈たけど?」
「どどどどうしようアスカぁ!ぼぼぼ僕だってまさかそんなデ、デデートなんてした事無いよぉ!?」

…そりゃそうよね…

「で?」

「だってどうしよう…デ・デ・デートって一体何をどうすりゃいいのさ!?」

「はぁ?今日は映画見て食事するんじゃないの?」

「あ、ああっ!そうだった!でででもそそそそれならいい一体何話せば良いのぉ!?」

「…んな事自分で考えなさいよ…」

冷めかけた珈琲を一口啜る
…?何か苦い様な…

「だ、だって一体どうすりゃいいのさ!?僕デート何て初めてなん…そ、そうだ!アスカぁ!た、頼むから一緒に来てよぉ!」

ブッ!?

「シシシンジ!ぁあああんた馬っ鹿ぁ!?何で他人のデートにこのあたしがノコノコ着いてかなきゃならないのよ!?そんなのお邪魔虫じゃない!」

「アアアアスカぁ!!お願い助けて教えてどうすりゃ良いのぉー!?!」

「知るかぁ!」


◇◆◇


「…さてと。」

お勝手と居間に掃除機をかけ、私はあいつの部屋に足を運んだ。

…大体デートに“闘魂”シャツを来て行こうなんて馬鹿の極みな事をする馬鹿を私は初めて見た。流石馬鹿。
服をコーディネートして着替えさせ家を追い出すのに手間は掛かったが、ま、多少はまともに見える筈だ。

「…布団干そうかな…」

目の前にはあいつのベッド。
布団を干そうと手を伸ばした私は、何故か手にした枕を見つめる…

「あれ?」

染み?一つ、二つ…何か水滴が…あ、又一つ…

「あ、あれ?」

私の頬を伝う水滴。その水滴が枕にパタパタ垂れて…

「や、やだな何で?え?」

…理由なんて解らない。だけど私は…

そのままあいつのベッドに座り込み、枕を抱き締めて唸りながら目から水滴を撒き散らしていた。


◇◆◇


何時の間にか私は眠っていたらしい。
どれ位の時間が過ぎたのか、すっかり傾いたお日様に私はムックリと起き出し…



…チェロの音がする…

そっか…あいつ帰って来てたのか…

応接間に鎮座するチェロはあいつの唯一の趣味。中々聞かせてくれないけど、結構良い演奏すると私は思う…

ベッドを降り、一階の居間へ…

あいつは一心不乱にチェロを引いていて…

白状する。見とれた。聞き惚れた。
だからあいつの演奏が止んだ時、あたしは不覚にも拍手をしていた。

「え?あ!アスカ居たのぉ!?」

「居たわよ。一寸お昼寝してただけ。」

「は、恥ずかしいな、未だ人に聞かせられるレベルじゃないのに…」

「ううん!中々の物だったわ!」

思わず力説。

「え?」

…目が合った。

…沈黙が重い。頬が熱い。脈拍が凄い。でも…視線が、外せない。何か話さないと…

「あ!え、映画どうだった?面白かった?」

「え?あ!え、映画ね、そ、それが…」

…話が長くなるので要約すると、何でも興奮して前日眠れなかったとかで映画開始と同時に彼女は寝転けたらしい。
食事も肉が苦手とかでサラダとプレーンピザしか食べなかったそうで、同じ物を頼んだが食べた気がしなかったそうだ。

「あ、頭痛い…前夜眠れず映画館で爆眠って小学生かあの娘は!?」

「て訳でお腹ペコペコなんだよ〜、帰って見たらアスカはいないし冷蔵庫は空だし仕方無いからお煎餅一枚食べてチェロの練習してたんだけど…」

「あ、そう言えば買い物行ってなかったわ…しっかたないわねー、パスタでいいわねシンジ?缶詰のミートソースだけど。」

「最高だよアスカ!あ…」

「何よ?」

「ひ、久し振りに“シンジ”って名前で呼んでくれたなって…」

「ば、バッカじゃない!?そ、それよりあんたも料理ぐらい出来る様なりなさいよ全く…」

「い、いやだってアスカが居るし…」

「…馬鹿ね…」

…何で私笑ってるの?


◇◆◇


「「頂きます」」

「美味しい!美味しいよアスカ!」

「そう、ありがと。」

「…その、実は今日の映画、僕も良く内容覚えて無くて…綾波さんに後で映画の粗筋教えなくちゃいけないんだけど…」

「…ふーん…」

「で、その…帰りに今日の映画のチケット買ったんだ…い、一緒に見に行かない?」

「へ?」


【終】


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