胸に刺さる9mmパラベラムの衝撃は痛みより灼熱だった。

LCL湖に転落する私の視界の隅に見えた男は私を見据え、その背に隠れた隻腕の少女は…

…微かに笑っていた…


『…かあさん…』


…あの笑顔は、母さんだった。
マギにそのパーソナリティをコピーし、まるでその引き換えの様に死んだ母…

私が最後に感じたのは諦念でも自嘲でも無く


…恐怖だった。



【偽計】

作・何処




◆◇◆

AD2018/##/**AM-010:30

ジオフロント、ネルフ本部棟前

「又喫煙ですか赤木博士。セカンドチルドレン、先程ジオフロント入口に到着しました。」

「そう…今行くわ…」

一人の少女を思い浮かべる。

セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー。
彼女の血縁上の父親は連合司法局で裁判中。罪状は…殺人。
故赤木ナオコと計り碇ユイ…シンジ君の母…と惣流・キョウコ・ツェッペリン…アスカの実母…を故意に事故死させた疑いだ。

発覚の切っ掛けは私のサルベージ検証の為に行われた初号機…人類に只一つ遺されたエヴァンゲリオン…とレイのシンクロテストだ。
ユイさんが初号機に消え、シンジ君のサルベージ計画は失敗。その理由を探る為の深々度シンクロ試験…
マヤの何気無い一言が無ければ私はこの実験でレイを無に還していただろう。

紫煙に包まれ私は回想に耽る…


◇◇◇

AD2017/#*/*#AM-10:30

『レイ、初号機の具合はどう?』

『…異常有りません』

『先輩、サルベージプログラム解析の途中経過です…しかし良くこれだけの計画を一人で…しかもこんな非常時対策まで。私じゃ最初から失敗前提ですよ。天才は違うわ…』

『当然よ、リスクマネージメントは失敗を前提に…え?失敗を前提…前提…サルベージの前提……ち、ちょっとマヤ、今何て…』

『え?今って…私じゃ最初から失敗前提で無きゃ作れないって…』

『これだけのプログラム…失敗前提?』

『先輩?』

『いいえ…有り得ないわ…でも…一体何故?…何故…!?だ…だとすれば……!ま、まさか…まさかそんな馬鹿な…!?い、いえ有り得るわ…むしろ…そう、それならば…ひっ!な、何て事を母さん…』

『せ、先輩!?顔色真っ青ですよ!?一体…』

『レイ!試験は中止よ!マヤ、直ぐにマギ…いえ、マギは既に…松代のサブを使って至急そのデータを洗い直して!』

『はあ!?』『了解、今から上がります。』

『マヤ、考えてみて。通常これだけのプログラムをマギ抜きで作るならばプロジェクトチームを編成して半年は必要…つまり既にサルベージの手法は確立し、完成されていたと考えるべきよ。』

『!まさか!?だってサルベージは…』

『ええ、失敗したわ…何故?』

『…サルベージ手法の問題か、計画自体に穴があったか、それとも未知の要因…え?ぼ、妨害工作!?確率的にはそれが…ですがまさか!?どうやって!?それに一体誰が!?』

『恐らく母さ…赤木ナオコ博士ね、邪魔者を排除するには事故を装うのが一番…ユイさんが消えた原因がそれなら回収を妨害する事は簡単…何て事を…』

『ま、まさか実験を失敗させる為に故意にプログラムにエラー因子を!?』

『そしてそのエラー因子は削除される事無くマギに存在しているわ。罠は恐らく幾重にも張られている筈。』

『…起こる筈の無い起動試験中の暴走、相互シンクロ試験の失敗、ダミーシステムの作動不良…まさか!?』

『全てが繋がるわ!マヤ、急ぐわよ!司令に連絡!松代への緊急リンク回線の使用許可とマギ使用外部回線の一時的遮断を申請して!』

『り、了解!』

『…母さん…貴女はどこまで…どこまで女だったの…』


◇◇◆

血脈…その一言が恐ろしい。私自身独占欲からマギもろとも男と心中を図った身だ。母の剥き出しの女の性を私も…

嫌な連想を吸殻と共に投げ捨て、私は身を翻した。あの少女に伝えなければいけない。彼女の母を再生する可能性がある事を…

遺された弐号機の残骸から回収されたコア…それは未だ活動を止めてはいない。
所詮科学者の探究心に偽善者の贖罪を被せた思い付きに等しい計画、だが可能性はある。その為にも彼女の承諾を取らなければ…

私の足取りは重かった。


◇◆◆

AD2017/#*/*#AM-10:45

「碇…赤木博士が気付いた様だ。」

「何時かは判る事だ。後は彼女が納得する回答を用意しておけばいい。」

「…ナオコ君も貧乏籖を引いたな。自業自得とは言え…」

「世界は生者の物だ。死者には生者の役に立って貰おう。」

「では、松代のマギ2nd…使用許可を出していいんだな?」

「ああ。」


◆◆◆

AD2005/##/**AM-06:30

芦ノ湖湖畔《ホテル***》A-401号室テラス…

「悪女…か…」

カミュを一垂らし入れた紅茶を一口飲み、私は誰にともなく呟いた。
芦ノ湖に面したホテルのテラスは静かだ。1人私は早朝のティータイムを楽しんでいる。
だが、この行為を事情を知る者が…まぁ、そんな者が居る筈も無いのだが…見れば怒り狂うかも知れない。巷の俗物程度の低能ならば私の事を鬼女悪女と罵るだろう。

「屑は良く吠えるしね…」

…接触実験は予定通り失敗した。
ゼーレの指示に従い私は妨害工作を施した…簡単に言えばあの女の乗るエントリープラグセンサー群の統括処理に介入し臨界接触規定点前からの入力を表示の二乗倍に設定したのだ。

…これで確実にサードインパクトの種は撒かれた。
初号機に消えた贄の血脈、あの女の母性愛は間違い無くサードインパクトを滅亡から回帰へと変える…そして本来再生の種となるエヴァンゲリオンはその芽を枯らし、私…いえ、マギが再生の核となる。

「…ふふっ…」

私のクローニング試作品…リツコは完璧に私の能力をコピーしている。
これでマギの維持には何の問題も無い。

厄介だった葛城博士はセカンドインパクトに消え、本来の適合者だった博士の娘もシンクロ能力を失った。
試作品たる零号機には私のマトリクスを既に注入済み…

「いらっしゃい、サードインパクト…」

これで私の計画は完璧。サードインパクトは起きる…ゼーレの計画とは違う形に。
何故ならば世界再生はゼーレでは無くこの私…赤木ナオコの手で為されるのだから。

裏死海文書…エヴァの脳髄の一部…は、未だその解析すら儘為らない。僅かに判明したのは繰り返す輪廻の記述…
閉じられた歴史…私はそれを改変する。

もうじき完成するマギと零号機…この二つが鍵だ。
サードインパクトの後、私は肉体を零号機から再生し、精神と記憶をマギから注入する…

「…フフッ…は…ハハハッ!」

老人達のマトリクスを保持する筈の量産機は計画段階からプログラムに自滅ウイルスを仕込んである。これを見破れる者は先ずは居ない、
ましてやこれから建造されるマギコピーは老人達の記憶再生が出来ない仕様。老人達は絶対に再臨出来ない…彼等は再生を夢見ながら消滅する…

「後は…」

…そう、弐号機だ。
恐らくは惣流・キョウコ博士が事故の再現実験を行う筈…

…まあいい。あの女の夫もゼーレ工作員、どうせ厄介者の処分に動くだろう。それに私の妨害工作…7つの裏プログラムは確実に作動する。
キョウコ博士もあの女と同じように消えてしまえばサルベージは不可能だ。それに例え肉体回収に成功しても精神は…まあ、良くて廃人。
何しろスーパーコンピューター数台を並列化して1日演算してもエヴァの記憶領域の0,000000001%。人間の認識を遥かに越えた情報が一気に流れ込むのだ。
そうね、このティーカップに芦ノ湖の全ての水を注ぎ込む様な物…
もしカップが壊れなくとも中のお茶…記憶は流され、跡形も無いわね。精々茶渋が僅かに残る程度かしら…そうなれば恐らく人の認識すら怪しい…可哀想に。

「クスクス…」

紅茶に混じるコニャックの薫りが堪らない。

ユイにキョウコに私。三賢者と称された私達だが、サードインパクトまで生き残る賢者は唯一人、私だけ…

そう、賢者は三人もいらない。
そして新たな世界の神は賢者こそが相応しい。
世界の運命を、未来を司るのは私だけでいい。マギこそが…三人の私こそ、この世界のノルンとなる。そして私は神への道を…その行為は必然…
何故なら啓示は私をヤハゥェと為すべく現世に遣わしめ、預言はこの世に使徒として降臨したのだ。

私は新たな世界の畏敬と崇拝を一身に受け、再生した新世界の秩序を司る女神として再臨する。
そして、来るべき新世界には私を崇める人間のみ残る。何故なら人類を導く資格は私にのみあるのだから。
そして矮小な価値観に染まった愚か者達は偉大なる神となる私の礎として新世界の贄となる。

私は今まで望む物を全て手に入れてきた。そして又…しかも今度は全て…正しく全て私のモノ…

そして…

「…貴方もよ、碇ゲンドウ…」

そう、後はあの男…私はあの男も手に入れる。
この私を頭脳で屈伏させるなどと言う屈辱を与え、何の後ろ楯も無くその実力でゼーレの末席を占めたあの男…

「…欲しいわ…」

そう、新たな世界のアダムにはあの男が相応しい。番にはリツコでもくれてやろう。
そして私は女神として世界を再構築し、あの男は神官として私を崇め、世界は私の…いえ、私そのものとなる…

「…ふふっ…」

私は手に入れる。全てを…マギさえ完成すれば後は只待つだけだ。
そしてサードインパクト前に私は零号機の中に入り、再生の時を待てばいい。
私のマトリクスを注入した零号機は試験機体、実戦参加は無い。マギと零号機があれば私は確実に復活する。
そう、エヴァンゲリオンと同質の不死肉体と人類を遥かに越えた頭脳を得、正に生ける神として…

「ふっ…ふふっ…ふふふ…」

湖畔の風は涼しく流れ、終わらない夏に句読点を打っていた。


◆◆◇

AD2005/##/**AM-06:30

ダミープラント…

LCLを滴らせながら全裸の幼女が巨大な水槽からラッタルを伝い上がって来る。その髪は…蒼だ

待ち受ける男からタオルを渡され幼女は顔を拭き、男にその赤い瞳を向け年齢らしからぬ口調で話し掛けた。

「ただいま、ゲンドウさん。」

「随分と若返ったな、ユイ。ダミーの適合は良さそうだな。」

「ええ、問題無いわ。」

「髪を染めてない君を見るのは初めてだよ。」

「クスッ…貴方の予想通りゼーレは動いたわ」

「想定の範囲内だ。人造人間たる私の同位体、キョウコの遺伝情報強化児、第一始祖民族の末裔たる君のクローンダミー…既に次世代の種は撒かれた。」

「では…」

「ああ…シンジは既に預けた。」

「後は…ナオコ博士ね…」

「彼女がゼーレ工作員である事は承知の事実だ。だが…」

「マギ…私、キョウコ、ナオコの三人のヒューマンマトリクスによる合議制自己進化型新世代コンピュータ…全てがナオコ博士に書き換えられていたなんて…」

「恐らく彼女はゼーレに成り代わるつもりだ…無謀にも。」

「…彼女には責任を取って貰うわ…」


◆◇◇

AD2005/*#/**AM-00:30


ドサッ!

「さよなら…赤木博士…」

「済んだか…」

「ええ。次はマギの保存記憶の再書き換えね。」

「これから君はどうする?」

「私は初号機に入り、その精神になるわ…折角再生した肉体ですけど、私達旧世代は新世代の礎…保存記憶は初号機に転送後破棄して下さい。」

「初号機の魂がダミーに宿る事になるか…」

「優しくしてあげてね。」

「ああ。」

「では貴方、サードインパクト後の世界で又会いましょう…幸運を。」

「ああ…又…必ず…」


◇◆◇

AD2018/##/**AM-010:40

「…レイ、あたし未だ信じられないわよ…あんたが四人目の存在だなんて…」

「私自身三人目の記憶が無い。だから貴女とこうして話してもサードインパクトが本当に起こった実感が無いわ。私の覚えている貴女の最後の記憶は叩かれた事までだから…」

「グッ!…わ、悪かったとは思ってるわ…」

プシッ

「お待たせ…あら?二人揃って何のおしゃべり?」

「赤木博士?」「あ、い、いえ何でもありません!」

「クスッ…まあ良いわ、取り敢えず座りなさい。…さて、何から話しましょう…」


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