作・何処
「ねえ、ファースト?」
「…何?」
「あんたさぁ…思いっきり笑う事ある?」
「…思いっきり…笑う…事…」
「なあんかさあ…あんたに足りないのって、感情の表現力だと思うのよ。」
「感情の…表現力…」
「そ。」
「…良く…判らない…」
「ん〜…あんたと付き合い長いから私は判るけど…嬉しいとか悲しいとか楽しいとか苦しい時、あんたはもっと自分を表現していいと思うのよ。」
「自分を…表現…」
「…ほら、前にあんたに話したじゃない。アタシの昔話…」
「…アスカの…お母さんが亡くなった時の?」
「…あの時『私は泣かない』って決めた…だけどそれは…子供だったのよね。今にして思えば私は失敗したわ。泣く事を忘れるって、人を見ない様にしなきゃ出来ないのよ。」
「人を見ない?」
「そう。哀しみから目を反けたただけ…自分から、他人から目を逸らしただけだったの…だから、弐号機とシンクロ出来なくなった時、悔し涙を流して…泣いてる自分に絶望して私は壊れたのよ。」
「アスカ…」
「良い事ファースト?人間、泣いて笑って感情を実感する事って大切よ?ああ、私はこんな風に感じてるって理解するとね、世界が変わるの。」
「世界が…変わる?」
「正確には視野が拡がるから、そう感じるだけなんだけどね。」
「…世界が…拡がる…私は知ってる…その感覚…」
「ん?」
「セカンド…貴女にも話したわね…私の存在…誕生の理由…」
「ファースト…」
「私の前…或いはその前の存在の記憶…私は碇君に救出された時、泣いてる碇君に戸惑い『どんな顔をすれば判らない』って言ったわ…碇君はこう答えたの…『笑えば良いと思うよ』って…」
「…シンジらしいわ…」
「思えば…私はあの時初めて笑ったのかも知れない…」
「初めてか…弐号機の初陣でシンジを乗せて出撃した後、私、こいつになら背中預けてもいいかな…少し頼り無いけど…って思ったのよ。そして浅間山のマグマに沈む寸前、シンジに救い出された時ね…泣きそうだったのよ…嬉しくて。それから…怖くなったの。」
「怖い?」
「死…そう、命を懸けて戦っている実感に助かってから初めて襲われたのよ。そうしたら…私、その夜眠れなかったのよ…怖くって…」
「死…私は…何度死んだのかしら…」
「ファースト?」
「何度も私は死んだ…でもその死の記憶は無いの…私には…判らない。未だ死を…いえ、碇君と逢えなくなる事は怖いかも知れない…でも死は私には未だ恐怖と実感出来ない…」
「…あたしはママの事があるから…余計に死を畏れてるかも知れない…」
「セカンド…」
「…ファースト、私、シンジ…何故私達は今生きているのかしら…」
「私はリリスに還り…セカンドは死に…碇君は世界の贄となった…」
「…けど、あんたはドグマの中で倒れてた。シンジは気付いたら初号機のエントリープラグの中、私は弐号機から抜け落ちたエントリープラグからシンジに引き摺り出されて…」
「あの一日だけの赤い海…一晩で消えたリリスの残骸…私は全てを知っていた筈…でも…私は何も判らない…」
「シンジと私は…お互いを自分の欠けた所を持った存在と認識した…だから…憎み、妬み、羨み…」
「…求めた…」
「…全く我ながら…馬鹿よね…求めた相手が隣にいたのに…」
「…碇君も馬鹿…」
「へ?」
「私達にいくら迫られても“僕なんかが”“僕じゃ駄目だ”“僕は未だ皆信じられない”」
「…本当に馬鹿よね…」
「私とセカンド…客観的に見て魅力的な筈…その私達が隣にいて…」
「納得…なんだってアイツはああも鈍いのか…」
「「はあ。」」
「…それにしても…あんたもアタシも厄介な相手に心惹かれたものよね…」
「…厄介…って…」
「アスカ!綾波!夕御飯だよ!」
「「…厄介よね…」」
「?何今更言ってるの?仕方無いじゃないか、ミサトさんは未だ入院中だし綾波の団地は倒壊しちゃったし、父さんの所厄介になるしか…」
「…厄介違い…」
「〜ッッッ!こぉ〜〜んのぶぅっわぁっくゎあシンジィ!!そんな事言ってないわよ!!」
「馬鹿って何だよ馬鹿って!?いきなり人の事馬鹿ってどう言う意味だよ!」
「うっさい馬鹿シンジ!馬鹿だから馬鹿を馬鹿って言っただけよこの馬鹿!」
「ご!五回も一息に馬鹿って言ったな馬鹿アスカ!」
「な、な、ななな何ですってぇ〜!?」
「馬鹿馬鹿って何度も人の事馬鹿にして馬鹿って言う方が馬鹿なんだよこの馬鹿!」
「馬鹿馬鹿人の事言うなこの大馬鹿が!」
「大馬鹿って何だよ大馬鹿って!」
「馬鹿より遥かに馬鹿だから大馬鹿なんじゃない!」
「何を!」
「何よ!」
《おいシンジ!何をしている!早く皆を呼べ!今夜は野菜カレーだ!!》
「は「「はーい!今行きます!!」」…い…」
「全く馬鹿シンジが馬鹿やってるから私達まで食事に遅れる所じゃない!」
「又馬鹿って言ったな馬鹿アスカ!」
「誰が馬鹿アスカですってえ!」
「馬鹿だから馬鹿って言っただけだろ馬鹿アスカ!」
「馬鹿アスカって人の事三回も呼んだわね大馬鹿シンジ!」
「だってアスカが馬鹿なんだから仕方ないだろ!大体アスカは…」
「何言っているのよ!馬鹿あんたでしょう!本当にシンジは…」
「…!」「…!」
「あの…ファース…」
「…!!」
「ねえ、碇く…」
「「…!!!」」
「…」
「「…!!!!」」
《貴方達!何時まで騒いでるの!?早く来なさい!全くもう…こんな時だけミサトを尊敬するわ…》
「「は、はーい!今行きまーす!」」
「怒られたじゃない…」
「誰のせいだよ…」
「誰のせいよ…」
「…人のせいにするなよ全く…」
「ぷっ…」
「シンジのせいよ…」
「アスカのせいだよ…」
「…ぷぷっ…クスクス」
「大体アスカは…」
「シンジこそ…」
「ぷぷぷっ…くくっ…くっくっくっ…あ…あはっ…あははっ…あははははははははははっっっ!!!」
「…え?」
「あははっ!ふ、二人共…あははははっ!」
「「嘘…」」
「レイが…」「レイが…」
「「笑ってる…」」
「あ…あなた達って…ぷぷぷっ!」
「可愛い…」「…笑えるじゃないあんた…」
「お…可笑しい…ぷっ、アスカも碇君も何を…ふふっ、うぷぷっ!くっ…あははっ!」
「…クララが立つのとどっちが衝撃なんだろう…」
「…あんた年幾つよ…でも…」
「?」
「良かった…あれ?な、なんで?何で目から…あれ?」
「アスカ…」
「ちょっと貴女達いい加減に〜…レ、レイ!?」
「あ…赤木博士…い、碇君と、セ、セカンドが…あははははははははっっ!」
「あ…あれ?何であ、あた、グスッ、あたし泣いて…ヒクッ、う、嬉しいのに何で…うぇぇ…」
「おい、早く来い、喰わんなら…!?…レイ…」
「と…父さん…」
「司令…レイが…レイが…ああっ!」
「い、碇司令、ヒイヒイ、た、助け…ぷくっ!わ、笑いがと、止まらなあははははっ!」
「レイったら…えぐっ、な、何よ!あ、あんヒクッ、あんた笑えるぢゃないの…うぇっ、ねえ…」
「…シンジ…」
「な、何父さん?」
「…良くやった。」
「え?ぼ、僕は何も…」
「…だからだ。在りの侭…作為なきお前達だからレイに感情を…心を芽生えさせた。それを誇れ。」
「司令…私…私…ああレイ、貴女は…良かった…よ、良かったわ…本当に…ごめんなさいレイ…でも…貴女…あ、あぁ…わぁぁぁぁっ!司令っっ!司令っっ!!」
「リツコ…シンジ、アスカ、レイ…おめでとう…」
後書き
LAS手前LRS未満なこそばゆくこっぱずかしい時期を書いてみたかったんですが…こんなんなりました。
「坊やだからさ。」
で、ちょいと蛇足。
碇シンジって…普通の少年ですよね?
年頃の少年だからアスカと口論したりドキドキしたり、レイに惹かれてみたり、リッちゃんの胸に視線集中したり、ミサトに振り回されたり…あれ?
ま、まあ、そんなごく普通の少年碇シンジをプッシュする何処でした。