戦自によるネルフ侵攻作戦、その直後に起きた謎のロボット達によるネルフ襲撃(後に組織名はゼーレ、ロボット達は量産型エヴァンゲリオンと判明)によりネルフ本部が壊滅してから早半年が過ぎようとしている。

ネルフ壊滅直後に発生したあの謎の全人類二十四時間記憶喪失(空白の一日事件)、そして行方不明となっていた碇ゲンドウネルフ総司令。彼のネルフ資産隠匿疑惑が新聞や週刊誌に報道されてから3ヶ月が過ぎた。
数兆ドルと換算されるネルフ資産、もしその片鱗でも隠匿していればそれは恐ろしい程の金額となる筈…最も暫く経つとその報道は立ち消えた。
碇司令の足跡を追った人達が発見した事実はその報道内容の全てを否定した。
ずっと碇司令はアパートで暮らしていた。資産は幾つかの特許だけ、口座残高は同年齢の平均貯蓄額程度。

親戚からの絶縁、エヴァの実験で妻を亡くし、息子を捨て、サードインパクトを防ぐ為に全てを捧げた事…碇司令の遺した記録は科学者らしい端的な言葉で事実が淡々と綴られていた。

情報操作で世論を操り全ての責任を碇司令に押し付け、それを口実にネルフを接収しその資産を独占しようと企んだ者達が居たのだろう。だが彼等が目論見は最初から破綻していた。

ネルフ資産は全て国連名義。例え他国の反対や国連の干渉を振り切り強制接収したとしても、膨大な額の赤字債務を(ネルフは債権で予算を集めていた)日本は負う事になる。
いくらネルフがオーバーテクノロジーの塊とは言えその解析すら儘為らぬ現在、宝の持ち腐れになるのは目に見えていた。
凡そ最悪の結末しか生まなかった事態の割を食ったのは戦略自衛隊だ。命令に従い幾多の犠牲を払いながら揚げ句の果ては全てのツケを背負わされて戦犯扱いでは流石に彼等も黙っては居られなかった。

戦自と政治の果てない泥仕合に混乱する政情に爆弾が投げ込まれた。戦自の虐殺画像とネルフ接収を強固に推進した政治家達の裏帳簿と経理操作の指示書類、そして彼等への政策指令文書コピー…彼等がゼーレの構成員だと言う証拠だ。
結果、彼等は自滅と言うしか無い終末をその身に迎えるしか無かった。

そして今、ネルフ総司令碇ゲンドウの唯一の血縁…息子の碇シンジはあちこちから注目される事になる。



【君がいるだけで外伝・或る記者の憂鬱】

作・何処




俺は切羽詰まっていた。ある意味において。

「だから彼に直接会わせて頂きたいんですよ。」

散々苦労して彼…碇シンジを十年に渡り扶養していた人物の特定に成功した俺はその人物と極秘に接触、単独インタビューに漕ぎ着けた。だが…

「何処に居るか位判る筈ですよね?」

「シンジ君が今何処に居るかは私は存じません。」

その人物は俺の期待をあらゆる意味で裏切ってくれた。

先ずは女性だった事だ。武道家や教職、或いは研究者を想像していた俺は正直驚いた。
元はフルート奏者だと言う彼女は第二新東京から少し離れた田舎町に孤独に暮らしていた。元別荘地に立つ彼女の邸宅はセカンドインパクトで亡くなった彼女の両親の遺産だそうだ。
こじんまりとしてはいるが立派な造りのその家に俺はエヴァンゲリオンパイロットだった少年の僅かな記録画像に残る面影を重ね、スクープの予感に身を震わせた。

そして俺は彼女と初めて顔を合わせた。
その時俺は恥ずかしい事に動揺の余り思わず録音機を取り落としてしまった。新たな驚きに襲われたのだ、さぞ間抜けな顔を晒したに違いない、糞っ!

子の無い家庭や歳を重ねた老女を想像し彼女の元を訪ねた俺には彼女の若さと非凡な美しさは衝撃だった。しかも話を聞けば俺より年下、しかも未だ独身と言うではないか!とすれば彼女は未だ十代で碇司令の息子を養育した事になる…俺は絶句し、混乱した。

何故こんな普通の女がエヴァンゲリオンパイロットの保護者に?音感とかそんな物が操縦に必要だったのか?

碇シンジと言う少年は使徒来襲の直前に父親の碇ゲンドウに第三新東京に呼び出された。そして未確認だが彼はエヴァンゲリオンパイロットとして使徒戦に赴いたらしい。
エヴァンゲリオン…対使徒戦に備え建造された汎用人型決戦兵器…そのパイロットとなれば当然体力、知力共に優れた人物が選ばれた筈だ。彼はどんな英才教育で育てられたのだろう。

人類を護る崇高な…しかし危険極まり無いその任務に参加する僅か15才…当時14才か、その少年は僅か四歳で親に捨てられたのだ。
その幼い少年を育て、戦いに送り出した彼女と自分の息子を一度は捨てながら、戦いへ駆り出した父親。その覚悟と思いを俺は知りたかった。

処が彼女は俺の質問を全て否定してのけた。

「シンジ君は警察に保護された後行き場も無く施設に送られる筈でした。私が彼を引き取ったのはシンジ君のお父様に頼まれたからではありませんわ。」

「非凡な処など無い極普通の少年でした。」

「エヴァンゲリオンのパイロット?私はそんな事知りません。」

「…内向的な少年でした。父親とは数年に一度顔を合わせるきりで。それもシンジ君のお母様の命日にほんの数時間だけだったそうです。」

「父親からは只来いと一通の手紙が送られただけです。使徒戦もネルフの事も私は存じません。」

俺は苛ついていた。求めた答えが帰って来ない事にでは無い。この女は全く表情も態度も変わらない…まるで人形に話し掛けている様な気分だ。
しかし僅か四歳で父親に捨てられた少年が十年の後父親の呼び出しに応える…しかもエヴァンゲリオンバイロットとして…一体彼に何が起こり、そして彼は何を考えたのか。
俺の興味は碇シンジと言う少年に移った。いや、少年の方が未だ人らしい反応を返してくれる筈と思ったのだ。
断られるのは目に見えている。ましてや父親にあんな冤罪を掛けられたのだ、怒るか取材拒否をするかどちらかだろうが別に構わない、彼の怒りや拒絶の姿さえあればそれだけで十分に記事になる。

しかし…

「碇司令が行方不明な現在、彼に関わりのある人物はネルフ関係者を除けば彼の保護者だった貴女しか居ないんですよ、親戚すら不明な彼の頼る相手はもう貴女しか居ない。」

「…私はもう二年近く彼…シンジ君と顔を会わせておりません。」

「…貴女が彼を隠す意図が解らない。」

「何故私がシンジ君を隠さなければならないのです?」

「じゃあ彼に会わせて下さいよ。」

「…シンジ君が今何処に居るかは私は存じません。」

「…何も隠す事はありません。私は彼に取材したいだけなんです。」

「…お話は承りました。ですが何度も申し上げた様に私はシンジ君が今何処に居るか知りません。」

「…貴女は彼を長年に渡り扶養していた。その貴女が彼の居場所を知らないとは信じられません。彼の行方が気になりませんか?」

「一昨年にシンジ君は父親に呼ばれ帰るべき処へ帰りました。彼の人生はこれから始まる。そう思い私は彼を送り出し、彼は未来へ自ら歩いていったのです。」

「…貴女は何を言っているのです?まるで自分がもうお役御免の様な口振りですね。」

「私はあの少年の仮の居場所。シンジ君は巣立っていった…私の役目は既に終わっています。」

「貴女の役目とは?碇司令から貴女は一体何を指示されていたのです!?」

「指示も何も私はシンジ君のお父様と直接お話しした事はありませんわ。」

「しかし貴女は役目と言った、一体貴女の役目とは?」

「雛に羽ばたきを教え、子に一人で立つ事を学んで貰う事です。私は過去の遺物…私は泣いていたシンジ君を自らの孤独を癒す為に引き取った様な物です。ですから貴方が思い描いた様な事は何一つ…ええ、何一つ無かったのです…」

「は?」

「シンジ君…彼との十年は私には幸福な思い出です。セカンドインパクトでこの家以外全てを失った私にはシンジ君は天から授かった宝物でした。…例え何時か私の元を去ると知っていても。そして彼の去った今でもシンジ君と暮らしたあの時間は私の心の支えであり糧なのです。」

「…それで宜しかったのですか?それにそんな…それだけの理由で貴女は十年もあの少年を?」

「ええ、只それだけです。それで十分でした。」

無力感に包まれ俺は彼女の邸宅を辞した。

「碇シンジ…か…」

その夜、ビジネスホテルの一室で俺は一人情報を整理していた。
彼女の邸宅を辞した後、俺は人材派遣会社へ足を運んだ。彼女の雇っていたハウスキーパーはそこから派遣されていたからだ。その当時の家政婦は既に退職していたが、偶々その家政婦の同僚の女性から話を聞く事が出来た。

「先生のお宅なら私も何度か代理で掃除に行った事在りますよ。先生も可哀想で、セカンドインパクトで御家族全員亡くされて。その前に先生大怪我で入院しててね、助かったのはいいけど顔面麻痺と精神外傷って奴?会ったならお分かりでしょ?それで先生はあんなべっぴんさんなのに…え?ああ、この辺りの古い人は皆あの家の人を先生って呼んでてね。せっかく厄介者が出て行った訳だし未だ〃若いから今から結婚したって遅くは無いわ。早く好い人見付ければねぇ。」

…厄介者?彼の事か。未だ子供なのに…この分だと周りから色々聞かされたんだろう。何て事だ…俺は気分が悪くなった。
そこを出た俺は改めて近隣の住民に聞き込みを行った。

「はい、配達で良く顔は合わせましたよ。礼儀正しい子でね。最も話はしませんでしたが。」

「先生の所の子供ねぇ…あ、居た居た!確か先生の友達の息子だと…その人首縊って死んで仕方無く子供を引き取ったって噂があったよ。」

「先生の所の子供?最近見ないねぇ…あ、そう言えば何年か前に父親に引き取られたんだ!そうだ忘れてたよ!」

「あぁ、先生も良く独り身で十年も他人の子供を育てたよ。何でも去年だか刑務所入ってた親父が出所して預けてた息子を引き取ったらしいが、瘤付きじゃ無くなった訳だし先生もこれで結婚相手が探せるだろう。」

「あれでしょ?先生の不倫相手の連れ子!結局先生は餓鬼押し付けられてね。全く何て…え?違う?」

「確か父親が母親殺して行く所無くて先生に貰われたって話だったわね。鬼っ子だから係わるななんて皆で噂して…え?違うの?だってそう言う評判…」

彼女の邸宅近所の取材は正直胸糞悪くなった。俺は彼の通っていた小中学校の同級生達や担任の教師にも話を聞いた…

「シンジ君?ああ、あの子供!なんかパッとしない子でしたよ、成績も普通で。最も最初は先生の隠し子じゃないかとか噂されてね。先生あれだけの器量良しでしょ?色々と噂が立って大変でした。去年お父さんが引き取ったんですがね、全く親が居るのに何だって…え?そう言えば同姓でしたね。…まさかあの陰気なガ…あ、い、今の発言はと、取消して下さい!」

「碇?遠足とかで必ず班分けに溢れる鈍臭い奴。成績良くて虐められて、それから目立たない様にテスト半分書かないで出してた。」

「碇シンジ?誰それ?」

「シンジ?んな奴居たか?」
「あ!ほら碇だろ?親父の事故でお袋死んじまったって奴。」
「あ、あいつか。思い出した。何あいつの親父又仕出かしたの?」
「そう言えばさ、人殺しの子供拾われっ子シンジまえって虐めた奴等の家にあの家の先生が弁護士連れて乗り込んだ事あったよな。」
「そうそう、可哀想に厄介者のせいでそいつ等全員転校したり引っ越しちまったり。それで奴に関わるのは皆止めたんだっけ。」

「碇?碇シンジねぇ…あ、同級生でいた。確か親父に捨てられた奴。どんな奴?知らね。」

「碇君?ああ、居たわ。でも家から人殺しの子供だから係わるなって…」

「碇?誰だっけ…ああ、あの愛人の子供ね。え?違うの?」

「碇君?シンジって名前だったかしら…」

彼の存在を忘れていた様な彼等の態度も俺を苛つかせた。
せめて写真位…だが彼等の誰一人として集合写真以外唯の一枚も彼の写真を持っていなかった。唯の一枚も!
情報操作?最初はそう思ったが…俺は確信した。こいつ等は碇シンジと言う存在に何の価値も見出していなかっただけだ。

「…ろくな記事にならねぇな…」

俺は全てを放り出しベッドに臥せ瞼を閉じた。

続く。


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