(短編・痛物注意)


【少女達の円舞】

作・何処


彼女が彼と教室に入って来た時の衝撃を僕らは忘れないだろう。

青みがかる銀髪、赤い瞳…皆沈黙した。

「綺麗…」沈黙の中、一人の女子が呟いた台詞はクラス全員の意見だった。
余りに現実離れしたその姿の美しさ。皆声を無くしたのは当然だろう。

だが、僕を含め数名の…危うく命拾いした経験を持つ…人間は、その傍らに目を伏せて立つ少年が気になった。
誤解を恐れずに言うならば、何の特徴も無さそうな彼に僕らは怯えたんだと思う。その危うい雰囲気に。

壊れそうな硝子細工。儚げな彼女を評するならばそれだった。
対して隣の少年は余りに普通…でも、何故か僕には彼が傷付いた獣に見えた。

姫を護る血塗れの白い犬…アキラが後で語った彼の印象だ。
戦自の少年兵だったアキラは義手だ。
演習中の事故で片腕と引き換えに自由の身になったと本人は笑って語るが詳しくは知らない。

自己紹介の後、アキラの隣には少年…六分儀と言った…が、少女…綾波レイ…は僕の隣になった。

隣に座った彼女は僕には妖精に見えた。


休み時間、彼女は周りから質問責めに遇い、僕は隣で流れて来る会話に耳を傾けていた。

二年前壊滅した第三新東京から来た事、入院で一年進学が遅れた事、両親がいない事、二人共中学の同級生だった事、彼と一緒に入院していた事…ポツポツと囁く様に話す彼女の姿は清楚だった。
ふと彼の方に視線を移すと、アキラが彼と話している。持ち前の明るさで誰とも仲良くなるアキラは彼と打ち解けた様に話していた。

「綾波さんて六分儀君と付き合ってるの?」

カオルの甲高い声にクラスの皆が…特に男子フリーと女子フリー…耳を三倍位大きくした。

「…いいえ…」

哀しげな表情に、皆何も言えなくなった。
彼は…
寂しげな笑顔ってのを僕は初めて見た。


数日が過ぎ、アキラと僕は一緒に病院へ向かっていた。
僕は透析、アキラは義手の調整だ。

「トオル、あれ綾波と六分儀じゃね?」
「あ、ホントだ。こうして見れば恋人同士だね」
「にしても羨ましいな…ん?」

並んで歩く様は姫と騎士って感じだ。

「…皆には内緒にしとこうぜ、ありゃ訳有りだ…」
「?何で?」
「見てみ、付き合い隠してるにしても誰も知り合い居なけりゃ手ぐらい繋ぐぜ。」
「…そうなの?」
「女から繋いで来るよ。それに…」
「?」
「奴、銃持ってる。」
「まさか!」
「伊達に戦自で八年過ごした訳じゃねえよ。六分儀の歩き方、速成訓練受けた奴特有だし…SP訓練だな、何時でも相手引き倒して庇える位置にいる。」
「…訳有りか…」
「…俺もお前も、あの二人もか…」

その後、僕達は黙々と病院へ歩いた。だが前を歩く二人も同じ方に歩いて行く。

「…二人も病院だね…」
「ま、彼女アルピノだからな、色々有るんだろ…」

受付でアキラと別れ、僕は内科へ。
診察の後、透析室でベッドに横になる。二時間の拘束、血液がチューブを流れる。熱い血潮って本当だ。脈打ち、流れる赤黒い液体に命を感じる。

隣を向くと…久し振りに彼女を見た。隻眼隻腕、赤毛の少女はもう二年も入院しているらしい。去年、僕が腹に喰らった破片の摘出で入院した時、彼女は隣のICUだった。
青い瞳の彼女は1/4日本人だ。ビニールカーテン越しに日本語で話し掛けられて驚いたのを良く覚えている。彼女が夜中に泣きながら誰かを…彼の名前らしい…呼んでいたのも。
多分僕の初恋はあの泣き声で終わったんだ。

「久し振り、弐波さん。」
「あ、トオル君、久し振り。」
「どう?今年は格好良い先生入った?」
「駄目駄目、み〜んなオジサン通り越してオッサンよ。いい男はどこ!?ってユミちゃん泣いてたわ。」
「ユミちゃんて、年上にちゃん付けは…そういえばマキさんは?」
「驚け!沢村先生と結婚!」
「え?あの健康サンダルと美人看護士が!?嘘だあ!?」
「本当だって、それでね…」

暫く会話をした後、僕らは疲れて眠りに落ちた。
透析が終わり、僕は彼女と別れ待合室で雑誌を広げる。ふと見ると青い髪の少女が階段を降りて来た。少し迷い、僕は彼女に声を掛けた。

「綾波さん、こんにちは。」
「…え?貴方…確か…」
「隣の席。」
「ああ、高尾君。ごめんなさい、まだ良く覚えて無いの…」
「いや、いいよ。でも珍しいね…診察?」
「え…ええ、高尾君は?」
「あ、俺透析。戦自のクーデター騒ぎの時、腹に破片喰らってね、今は移植待ちさ。」
「そう…大変ね。」
「…一人?」

危うく『六分儀は?』と聞きそうになった。自重自重。

「いいえ、いか…六分儀君と。」
「ふーん、六分儀君は?」
「…お見舞い…」

又、寂しげな笑顔。引き込まれそうに透明で純粋な…哀しい笑顔。

「…女の子の?」
「…ええ…」
「…」
「…」

《高尾さん、高尾トオルさん》
「あ、俺だ、じゃ綾波さん、六分儀君に宜しく。」
「高尾君も。」

綾波さんと別れ、会計を済ませた僕はふと振り返る。
綾波さんと六分儀君がそこに居る気がしたから。でもそこには青い髪の少女が一人きり…

首を振り、帰ろうとする僕の視線の隅に赤い髪…
再び振り返ると、綾波さんに弐羽さんが抱き付いて…大声で泣き出していた。

慌てて数人の看護士が駆け寄る。だが…綾波さんがジェスチャーで止め、傍らの椅子に弐波さんを座らせると彼等は又仕事に戻って行く。

僕は…硬直していた。看護士の一人の腰に見た事の有る黒い革ケース…

…乱射する迷彩服達…物陰の警官隊…倒れる姉…姉の手から落ちた拳銃を拾い…迷彩服に向け…爆発…

フラッシュバックだ!落ち着け、もう終わってる!幻だ!

パニックに一瞬なりかけた。深呼吸。

「あれ?確か…高尾君!?どうしたの!?」
「うわ!?あ…ユミさん、お久しぶりです」
「久し振り…って大丈夫?顔真っ青よ!?透析未だなの!?」
「い…いえ、透析は終わりました。今一寸事故のフラッシュバックで…」
「え!?横になる?ストレッチャーを…」
「大丈夫です…少し休めば…落ち着いたら帰りますから。」
「そう?無理しちゃ駄目よ。もし危ないなら…」
「危なければ廻れ右しますって。」

椅子に座る。ふと視線を感じ振り向くと…六分儀君が固い顔で僕に向かって歩いて来る所だった。

「なあ君、僕達に何の…って大丈夫!?顔真っ青だよ!?」
「碇君、どうしたの?…高尾君?」
「え?高尾って…あ、トオル君!?」
「綾波!?アスカ!?知り合い?」
「透析仲間よ、ファ…レイ、あんた何で知ってるの?」
「いか…六分儀君、クラスメートよ…彼。」
「え?あ!?アキラの友達の!?」
「高尾トオル…改めて宜しく。」

こうして僕と彼等の付き合いは始まったんだ。
六分儀はどうやら弐波とデキてたらしい。
綾波も二人の友人を祝福しているようだった。
アキラと僕は、時々弐羽の見舞いに訪れる様になった。
そして…

「何でだよ!」

口論…いや、眼鏡の少年が一方的に六分儀に詰め寄っている。
学校の屋上、転校生のそいつは六分儀の知り合いだったらしい。
隣のクラスメートから転校生の名を聞いた六分儀の顔は…苦しそうだった。
そこに怒りとか悲しみは無かった。まるで苦しみに満ちている様だった。
綾波は…表情に乏しい彼女も、まるで怪我をした様に苦悶の表情を浮かべていた。

僕が屋上に居たのは偶然だ。カオルから一枚の封筒を受け取り一人途方に暮れていたんだ。

六分儀が眼鏡…この時未だ名前を知らなかった…を連れ、屋上に上がって来たのはそんな時だった。
何となく顔を合わせ辛かった僕は給水塔の陰に隠れた。

「何でお前らがコソコソ隠れなきゃいけないんだよ!」

奴は泣いてた。

「ケンスケ、仕方ないんだ…綾波も僕も死んだ事になってる。今色々話されると…君が危ない。」

六分儀の口調は只重い。

「あの街の事…君が話すと僕らは又姿を消さないといけなくなる。」
「碇…」
「六分儀だよ、ケンスケ。僕らはあの…巨人の生け贄だったのさ。そして大人達の使い捨ての道具だった。」
「!俺はエヴァに「ケンスケ!」」

六分儀のあんな声初めてだ。

「ケンスケ、アレの名を言うな…消されるぞ。」
「まさか…」
「…君とテントで泊まった事…覚えてるだろ?」
「…そう言う事か…糞っ!」
「…元気だった?」
「ああ…トウジと洞木さんも元気だ、今二人は九州だよ。疎開先一緒だったらしい。」
「そう…」
「い…六分儀、そう言えば惣流は…」
「…ケンスケ、僕らは死んだんだ。…惣流もね…」
「…シンジ…」
「…帰ろう…付き合わせて悪かった…」
「いや…こっちこそ事情知らなくて…」

立ち去る二人…だが僕は動けなかった。
エヴァ…エヴァンゲリオン!?対使徒用ロボットの!?
あのクーデターで姉を射殺した戦自隊員の台詞…
『我々は政府の命令でエヴァンゲリオン奪取に向かった!何故反逆者の汚名を受けねばならん!』
まさか…

翌日、僕の机の中にカオルの封筒がレポート用紙に包まれ入っていた。紙には『放課後病院』と綾波の字…屋上に落としたのか。


「お願い!あんたにしか頼めないの!」
「駄目。碇君の意思は貴女を…」
「あんたの意思はどうなのよ!正直に言いなさいよ、あんただって…好きなんでしょ?」
「…ええ、私も碇君が好きよ。」
「!だったら!」
「…セカンド…いえ、アスカ、私は…排卵が無いの。だから…貴女の願いは私には無理なの。」
「…レイ…そんな…アンタまで…」
「貴女は大丈夫、試験管受精も代理母も方策はある…」
「駄目!アイツは私に義務感と罪悪感で向き合ってる…アイツが好きなのはアンタなのよ…」
「私?」
「見てレイ…片目は無い、片腕も半ば、手術跡は無数…これが私の身体よ…これを…シンジに見せるの?」
「アスカ…」
「もし退院出来ても毎月透析と免疫治療、年に数回は入院ね…生理不順で懐妊すら怪しい、ましてや出産は体が持たないわ。」
「…」
「怖い…あんなに子供なんていらないと思ってたのに…アイツに生んであげられない…怖いのよ。」
「碇君は…」
「解ってる…アイツは只抱きしめてくれるわ…その優しさが…怖い、怖いのよ、怖くて怖くて仕方無いの!あの笑顔が怖いの!又傷付けるのが怖くて…助けてレイ…アンタならシンジを癒してあげられる…私はアイツをきっと又傷付けて私自身も傷付ける…お願い助けて…」
「…アスカは碇く…シンジ君、嫌い?」
「…」
「…好き?」
「…好き…大好き…離れたくない…離したくない…誰にも…誰にも渡したく無い…ああ!レイ!苦しい、苦しいの!悔しくて悔しくて悲しいのよ!アイツに一番綺麗な私をあげたい!アイツの子供を生みたい!アイツと…シンジと、幸せに…ママになりたい…家庭を、幸せな家族をシンジにあげたい、私もシンジに幸せにして貰って子供も私達の分幸せにして…でも無理!無理なの!ああレイ助けて!私にシンジを束縛させないで!貴女にしか頼めないわお願い!」
「大丈夫…碇君となら、大丈夫よ…だって碇君、貴女の事、大好きですもの…貴女なら、碇君を幸せに出来るわ…自信を持って…大丈夫だから…」
「…本当?…」
「ええ…私もアスカが好きよ…だから安心して…お休みなさい…」
「…うん…」


「…よう…」
「…ごめんなさいね、待たせて…」
「…いや…こっちこそ…聞くつもり無かったけど…ご免。」
「…声、大きかったから…」
「…昨日、有難う…」
「いえ…」
「…僕…俺は何も聞かなかった。それでいいか?」
「…ご免なさい…説明位したかったけど…」
「いいよ…俺さ、人撃った事有るんだ。」
「!」
「姉貴が刑事でさ…偶然クーデター部隊の襲撃場所に家族揃って居合わせて…姉貴が撃たれて、落とした銃で姉貴撃った奴の腹に…そうしたら外から飛行機が…気が付いたら病院だったよ…」
「…」
「ま、人各々事情は有るし。だから聞かない。」
「…有難う…」
「…六分儀が少し羨ましい。」
「?何故?」
「こんな美人に好かれてりゃ、羨ましいよ。」
「!何を…有難う。」

彼女の微笑は哀しい位綺麗で…俺は彼女達の幸せを願わずにいられなかった。

【終】


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